「隙 間」

2009年03月31日(火) 泣き声に息を呑む

 朝の通勤電車、もちろん、たいへんに混み合っている。

 とはいえ、手を離した鞄が落ちずにいる、という混み具合ほどではないが、足の踏み場を変えることができず、「くの字」の体勢のまましばらく耐えねばならない程度ですんでいるのだから、やや混んでいるていった程度であろうか。

 そんななか、わたしはやや「くの字」にエビ反った体勢を維持しようと、吊革に、まさにぶら下がっていた。

 揺れる反動を利用して地に足をつける機会を、なんとか得ようとしていたのである。

 おお、揺れた、今だ。

 ばたばたと皆が体勢を崩し、そしてそれを立て直すどさくさに紛れて、知らぬ紳士の股に挟まれていた足を引っこ抜き、胴体の真下に、ようやく、帰ってきた。

 ふう、とひと息つく。
 すると、人垣の向こうの、さらに根っこのほうから子どもの泣き声が聞こえてきた。

「いたいよ゛ぉ。
 いたいぃ」

 姿は見えぬが、声で察する。

 母親とどこかへ遊びに出かけようと、この時間にこの電車に乗り込んだのだろう。

 この人混み。
 通勤鞄は、子どもの顔の高さである。
 いや、それでなくとも、情け容赦なく、なんだすき間があるじゃないか、と、子どもの頭上の空間を見て押し寄せようとする。

 泣き声が響こうとも、庇おうと思えども、動けないのだ。

「子どもがつぶれちゃう、押さないで」

 母親ではなく、他人の男性の声があがる。

 しかし皆、どうにも動けないのである。
 車内の反対の端から順に寄せてでもゆかない限り。

 もうすぐ秋葉原である。
 ヨドバシが見えた。

 減速し、皆が一斉に、前方へとよろける。

 ほうっと、車内に安堵の息が立ちこめる。

 泣き声は、やんでいた。

 通勤時間の、まさに思わず息をのんだ一幕であった。

 わたしは神田を過ぎるまで、今度は横に「くの字」で耐えねばならなかった。



2009年03月30日(月) 参った

 さて参った。

 参ったといってもわたし自身のことだから、わたしがそれをやむなしと飲み込んでしまえばそれですむ。

 しかし飲み込んだところで、それはそれで、あまり気持ちのよいものではなかったりする。
 では、といえば、どうこうなるものでもないのである。

 できていないものは、できていないのである。

 この三月、何をしていたかといえば、なにをしたわけでもない。
 ただぼうっと、そうして書いていただけである。

 そして、はたと思ったのである。

「これは文学としてよいのだろうか」

 と。

 これまでも、それはけっして文学とはいえないまでも、真面目に書いてきたつもりではある。

 が。

 今回は、真面目に書いているつもりだが、とにかくゆるんでいる。
 百枚を超えてなお、ゆるみが引き締まる気配がみられない。いや、さらにゆるゆるになろうとしてさえいる。

 森見登美彦氏のように、ゆるみすぎて、かえってゴムバンドのように弾力があるかというとそうでもない。

 まるで、ゴムののびきったトランクスをはいているようである。
 それも、落ちないよう手でおさえるのではなく、へっぴり腰で尻を突き出して歩きながら、ずり落ちるのをふせいでいるようなものである。

 もちろん、風呂上がりにトランクスいっちょで、である。

 女子にはたいへん失礼なたとえをしてしまった。
 どうか想像する前に忘れてもらいたい。

 のびきったゆるゆるのゴムは、ふた月ほど、辛抱しようと思う。

 ふた月後、それを恐縮ながら拝読いただけるよう、お渡ししたく思う次第である。

 どうかご容赦を。



2009年03月29日(日) 「P.S アイラヴユー」と再会

「P.S アイラヴユー」

 をギンレイにて。

 最愛の夫ジェリーを突然失ったホリーの元へ、亡くなったはずのジェリーから手紙が届けられる。
 死を前にしたジェリーが、残される最愛の妻ホリーへ送る最期のメッセージたち。

 純粋に、幸せを感じさせてくれる素敵な作品。

 アイルランドの男は、イタリアの男よりも情熱的に、大切な女を愛する生き物である、と思ってしまうようなジェリーだった。

 陽気で洒落がきいてて、しっかり、洒落ている。

 恋人同士、そして夫婦にお勧めの作品。
 しかしわたしにとっては、ひどくショックを受けた作品だった。

 傷心のホリーを慰め、励まし、そして想いを寄せるようになるダニエル。
彼が、なんと、あの、

「ハリー・コニックJr」

 であったのだ。

 かつて、ポスト「フランク・シナトラ」と期待されたジャズ・シンガーであり、甘いマスクと甘い歌声の持ち主。

 映画「メンフィス・ベル」で彼を知り、もちろん、映画自体も是非お勧めの作品であるが、とにかくハリー自身はスマートで、よくいえばジェームス・ディーンを甘くした感じの色男だったのである。

 彼の名前を見つけ、いったいどこに誰で、と感動の再会に胸を一方的に高まらせていたのである。
「メンフィス〜」内で「ダニー・ボーイ」を歌っているのだが、まさか、ダニエルじゃあないだろう、と。

 いや待て。
 この目元。
 気弱な情けない雰囲気。
 丸くなったこの顔をスリムにしてみてゆくと……。

 ジーザスっ!

 ハリーじゃあないかっ……。

 壁にぶつかりポップス界に転身を試みるも、なかなか、という話を耳にしたのも十年近く前。

 いや。
 ここで再会できたことが、彼が掴み、積み重ねてきた結果であると、素直に喜ぼう。

 わたしも同じように、再会できるようにならねばならない。

 映画に戻り。

 恋に落ちるのは簡単であり、
 恋をするのは簡単ではない。

 愛することは難しいことではなく、
 愛を感じることは難しい。

 ということを、ふと思った。



2009年03月28日(土) 東京大神宮と「つむじ風食堂の夜」

 昨夜はまさに、電灯こそ消してはいたものの、テレビはつけっぱなしのまま、溶け崩れるように眠っていた。

 悶々ホルモン、ホルモンモン。

「悶々ホルモン」が番組で紹介されていたのを観た。

 ホルモンヌ(ホルモンを愛する女性を称している)、大歓迎である。

 三省堂にて、またもや衝動買い。

 ギンレイに向かおうとした途中、通り道にある「東京大神宮」に、ふらりと寄ってみた。

 東京のお伊勢様

 伊勢神宮の分社である。
 しかも、巷間では「恋愛成就」の御利益があるとして女子に多大な信頼を寄せている。

 長蛇の列である。

 三年ほど前には、そのような光景を見た覚えがなかった。

 御祭神はもちろん、天照大神。
 そして豊受神三神(五穀豊穣の神)である。

 なんということであろう。
 こんなにたくさんの女子たちが押し寄せているだなんて。

 きっとわたしなんか、歯牙にもかけてもらえないじゃあ、ないか。

 わたしが日頃、ぼやきをきっと聞いてもらっているのは、オオナムチノミコトつまり大国主命であり、氏神(?)様の根津神社は素戔嗚尊(スサノオノミコト)である。

 天照大神によろしく思われていない一族、である。

 悪いヤツじゃあないのに、誤解されて先に拒まれていたりする可哀想な関係である。

 うむ。
 豊受神に実りを願うのではなく、実る前のことを願おう。

 こちらは国作りの神である。
 はじまりを生み出す神である……はずである。

 なむなむ。

 それが癇に障ったのか、ギンレイにも長蛇の列がこさえられていた。

 やはり、いぢわるされたのかもしれない。

 諦めてきびすを返す。

 へへん。
 それならこっちが引き籠もってやる。

 実家で毎年初詣に訪れる二宮神社も、なんと御祭神はスサノオノミコトと大国主神とイナダヒメである。

 妙な縁が、知らぬままここまで繋がっていたとは。

 あなおかし、である。

 さて。

 吉田篤弘著「つむじ風食堂の夜」

 漫画の人気作品「深夜食堂」とは、まったく関係のない作品である。

 が、夜の食堂というものは、同じ趣になりがちなことは否めない。

 なかなか、やんわりとあたたかな食堂であった。
 居酒屋ではなく、ましてやバーでもなく、食堂なのが、いい。
それだけで、腹が膨れるさまざまな物語が想像・創造できるだろう。

 けっして賑やかではない、寂しさをも包み込んでしまうやわらかい灯りを求め、足を運んでしまう場所。

 食堂と名乗る店が、ぽつぽつと姿を消してしまっているのが、また寂しい。
「食堂ブーム」なるものがやってきてはくれないだろうか。

 ブームである時点で、それは本当の「食堂」にはなれないのかもしれない。
それもまたブームとともに、やがて近いうちに消えていってしまうのだろう。

 食堂にある定食、というと、わたしはまず「サバの味噌煮定食」を探す。
このときばかりは、とんかつ定食も順位を下げてしまう。

 食堂の定食に、「あたたかくやさしいもの」を求めて、ひとはやってくるのである。

 近所に夜遅くまで開いている食堂を見つけたら、のれんをくぐってみるとよいかもしれない。



2009年03月27日(金) 「生贄」とぽろぽろグズウズ

 佐藤亜有子著「生贄」

 先読した「ボディ〜」と抱き合わせにて手にした作品である。

 それ以上でも、以下でもない。

 暗闇の森の中、何者かたちから逃れる女。
 七つの鍵。
 七つの扉。
 現実の彼女と、
 彼女と出会い、
 恋をしてしまった男。

 最後の鍵で、
 最後の扉をあけるとき。

 迷走しているようにしか、思われなかった。

 教訓としやう。

 開きかけた白い花びらたちが冷たいしずくにうたれ、ぽつぽつと振れている。

 雲の上を見透かしたとて、今宵は朔夜。

 月明かりがなくば、迷走もまたしかるべく。
 ただ頬を伝ふのを、如何ともし難く、伝ふたびに幾度も拭ふだけ也。
ただ寒風の為せる業。

 はたから見ると、

 涙をボロボロ流し、鼻をグスグスすすって歩く男

 以外の何者でもない。

 おまけにぼうっと足取りが覚束ないのだから、ますます触れたくも、関わりたくもないに違いない。

 また、是非そうしておいてもらいたいものである。
 今はただ、溶け崩れるように、眠りたい。



2009年03月26日(木) 春夜に孵る

 鮭が、泳いでいる。
 頭のなかを。

 サケ、だろうか。
 シャケ、だろうか。

 鰆(サワラ)も、尾をビチビチと元気よく打ち振っている。

 春に魚とは、なかなかアジなものである。

 ヒラメが、平目でわたしを見やる。
 なかなかの流し目である。

 ブリは、寒鰤。
 鰤大根も、なかなか乙である。
 ちうちうと、大根に染みたつゆを吸い出して、口中いっぱいにひろげたい。

 鍋からすくい出した切り身が、ほろっとほぐれるのが、いい。

 熱々の湯気にあたり、顔がぼうっと火照るのが、さらに、いい。

 忘れたくないのが、カキである。

 バターで炒めるもよし、衣を振って揚げるもよし。
 しかし、一番はやはり、殻で網で焼き、醤油をひと差しして、ちゅるん、といくのが、いい。

 焼かずとも、檸檬をたらし、いただいてもいい。

 春の茫漠とした寒夜に、孵る。



2009年03月25日(水) ほんっとに、もう

「ほんっとに、お前さんたちはもうっ……」

 原監督の、あの表情。

 やっぱり「若大将」。
 膝が、うち震えた。

 イチローも、やっぱり「おりてきた」だけの、それに値するものを持っている。

 田中斉藤両投手の甲子園でのかつてのドラマ。

「マーくん、神の子、不思議な子」と野村監督に言わしめた記憶もまた、ある。

 内川選手のレフト線長打をショートバウンドでナイスキャッチしたのも、ふわりと、まさに落ちるような安打が続いたのも、意志や技術のレベルではない。

 意志や技術で語れば、決してショートバウンドに滑り込んだりはしない。

 おそらく、気がついたら滑り込んでいた、という感覚。
 頭ではなく、体が勝手に処理し、頭はせめてそれを邪魔しないように、無音、静止の世界になっていただけだろう。

 ゆるやかに飛んでゆく白球が、誰もいない、手が届かない空白を通り抜け、落ちてゆく。

 それは努力や技術ではない。

 なるべくしてなる。

 努力や技術をないがしろにしているのではない。

 それまでに、真摯に、絶えずたゆまず、そうなるべきもの培ってきたからこそ、の話である。

「頭の中で実況しながら」

 も、無我である上に、我がかぶさったのだろう。

 私が私の肉体を所有している

 感覚ともいえるかもしれない。



 まさかここで繋がるとは、無論、意味合いは違うことをご理解いただきたい。

 さて、野球話で眠っているのがあるが、それはまた別の機会に。

 今はとにかく、侍ジャパンのくれたものに、酔おう。



2009年03月24日(火) 「ボディ・レンタル」

 佐藤亜有子著「ボディ・レンタル」

 およそ十年ほど前の文藝賞優秀作である。

 いわゆる援交・売春となにが違うのか。

 自分の体を「モノ」として、自分と切り離して扱う。

 私の肉体を私が持っている。

 つまり、私の肉体の所有者が、契約し金を支払えば、その者が所有者となりかわる。

 だから、なに。

 である。

 主人公のマヤが、そうしてどこへ向かってゆくのか、なにを空っぽの肉体を通して満たしてゆくのか、消化不良である。

 尻切れトンボの気持ち悪さは、金原ひとみにはかなわないし、あれだけの毒素も、見当たらない。

 ムツカシイところである。

 マヤが東大生であることから、身近な地名が途中ちらほらと出現したので、ふむふむ、とあごに手をやることがあった。

 特定の地名、商用名などを作品中で扱うのは、ムツカシイ。

 それだけでイメージを伝えようとしても、それはただの思い込みであったり、受け手によって千差万別であったり、また、つまりは、単なる手抜きにしか過ぎなかったりする。

 地名をだしたから、だから、なに。

 これは決して、「根津」が出たのに「谷中」や「千駄木」が出なかったから不満なのではない。

 断じて、違う。
 違うと、思うのである。

 固有名詞をだすからには、いわずともその必要性がどこかに潜んでいるべきなのである。



2009年03月21日(土) サクラ咲く知事と「ブロークン・イングリッシュ」

 麗らかな春の休日。
 谷中散策に訪れる沢山の人々。
 今日、東京の桜開花宣言がでたらしい。
 そこで谷中霊園の様子を、ちとのぞいてみた。

 うむ。
 さすがにまだまだである。

 ここは開花すると、まさに見事な、

「桜のドーム」

 となる。
 そこを毎朝くぐり抜けてゆけるのは、なかなか得をした気分になれる。

 桜は後日、ゆるゆると花開いてゆく様を楽しむことにしよう。

 この谷中霊園。
 徳川慶喜公、横山大観らの墓があるだけでなく、幸田露伴著「五重塔」のモデルとなり、また心中放火事件で焼失してしまった五重塔跡がある。

 しかしそれだけではない。

 およそ二十年前。
 ソビエトのスパイが、秘密文書のやり取りに使用していたという木が、あるのだ。
 その木のウロに文書を隠し、中国側のスパイに渡していたらしい。
 どうしてなかなか、小説のような話であるが、事実である。

「ちじっ」

 三省堂にて、東国原英夫宮崎県知事のサイン会が行われていた。
 わたしはそのすぐ脇の文芸誌をあさりながら、目は誌面に、耳は知事とファンらの会話にダンボの耳である。

 東国原英夫著「決断力」
 好評発売中。

 この後に及んで文芸誌あさりとは、決して、応募期日が間に合いそうなものを探したのではない。

 審査員、受賞者らをみて、そしてついでに、締切期日をちらとみただけなのである。
 傾向と対策のためなのである。

 さてそのような目で見た話よりも、耳に入ってきた話である。

「ボク、たけし軍団に入りたいって、本気で親に言ったら怒られちゃったんです」

 学生のようだった。
 知事はもう、あはは、と笑うしかないようである。

 親に言ってからなるのではない。
 誰に言わずとも、誰に拒まれようとも、なる。

 べきものであるのだから、笑うしかない。

 無論、彼も冗談のひとつとして、知事に話してみただけのことであろうと思う。

 明日の東京マラソンに、知事も参加するのだろうか。

「東京オリンピックにかける費用を雇用対策に」

 との某党のチラシが入っていた。
 東京マラソンにせよ、その経済効果はとんでもなく、大きい。

 定額給付金など、ミジンコの爪垢にしかならない。

 諸問題が騒がれているが、オリンピックともなれば、桁がさらに大きく、効果範囲も広くなる。

 先国のように、その場限りですんでしまうようなことは、おそらくないだろう。

 目先のわかりやすい、具体的な「得」を餌に、人心を操るのは常套手段である。

 誰でもやる。
 誰にでもできる。
 まして、あげ足をとって否定するだけならば。

 己の身は傷つかない。
 傷つけない。
 傷ついてたまるか。

 そんなものは、誰も信用しない。

 やがては散る花だとしても、
 繰り返し咲く姿を望んで、
 つぼみを見上げる。

 散る気のない花は、
 美しいのだろうか。

 散るために咲くのではない。
 咲くために咲くのである。

 さて。

「ブロークン・イングリッシュ」

 をギンレイにて。

 惚れてまうやろぉっ!(Wエンジン)

 三十路を過ぎても結婚もいい彼氏もできないノラが、フランス人のジュリアンと友人のホームパーティーで、出会う。

 恋に落ちる。

 でも、臆病になってしまっているノラは、それを認めたくない、受け止めてしまいたくない。
 パリに帰らねばならないジュリアンが「いっしょにパリに来てくれ」と頼むのも、首を振ってしまう。
 しかし、ひとり残されたノラは、恋に落ちた自分をようやく認め、受け止め、パリに向かう。

 ところが。

 ジュリアンの連絡先を書いたメモを、お約束通りに、なくしてしまう。

 諦めて、やがて帰国しようと空港に向かう地下鉄で、お約束通りに、ジュリアンがノラに気づかずに同じ車両に乗り込んでくる。
 ためらいを飲み込んで、ジュリアンに声をかけるノラ。
 君が好きなのに連絡のひとつもくれなかった、と嘆くジュリアン。

 ぼくを探しにパリまで来てくれた。
 そして会うことができた。
 それなのに、きみは今、帰るために空港に向かうところだと、ぼくに言った。

 惚れてまうやろぉっ!笑

 よくわからん甘酸っぱさに、叫びそうになりました(汗)

 ジュリアンはもとからノラに惚れてるんですけどね。

 フランス語がしゃべれないし、わからないのに、会いにきてくれた。

 それだけで、もう。

 グッジョブ

 です。

 なんか、すべてを演出やら計算やらで考えてしまいがちです。

 わたし自身のことは、置いといて。
 宇宙の果てまで投げやっておいて。

 自分のわがままな思いや行動が、相手の望みに当てはまる。

 それが、いい。

 わがままじゃないそれは、ときに思いやりと名を変えるときもあるけれど、調べたり探ったりすれば、見知らぬ他人でもわかることだったりする。

 境目が、ムズカシイ。



2009年03月19日(木) 勝利とわたしの中の「イチロー」が囁く

 WBC日本代表、キューバに勝ちました。

 先日の韓国戦に敗れたとき、黄木氏とこんな話をした。

 黄木さん。これで日本代表はおしまいじゃあないですよね。
 キューバ戦に勝てば、次に進めるはずですよ。
 じゃあ、なんでそんなに悲壮感たっぷりなんでしょう。次に勝ちゃあ、万事オッケイなのに。

 黄木氏は、でもキューバですよ、と苦笑いを浮かべていた。

 だいたい、相手投手ひとりを、さも最大の難敵、と取り上げ過ぎだったでしょう。それからして、キューバって今回はそんなに強くない気がするんすよね。

 黄木氏がキョトンとした。

 たしかにキューバは強い、と思う。

 が、

 怖く

 は、感じないのである。
 対策を用意する相手がいるならば、そうすればよいだけである。

 対策のうちようがない、というほどの怖さではないことの証拠である。

 よいではないか。

 たとえ、韓国に一度も勝てずとも、優勝すれば世界一なのだ。

 それを、かっこつかない、真の世界一ではない、と、仮に韓国がこの立場になったとしたら、そんなことをいうだろうか。

 言わないだろう。

 我々が世界一だ。
 これがその証拠だ。

 と、優勝杯を指して胸を張って言うだろう。



 さて。

 イチローが二安打と、復活の兆しをみせたとのことらしいが、あやしいと思いはじめている。

 映像をみたわけではないが、火事場の、ではないかと、頭をよぎったのである。

 代表選考のころの、様々なコメントを思い出す。

 まだ選ばれたと決まったわけじゃないから。
 選ばれたわけじゃないのに、チームを引っ張るとか、そんなことはこれっぽっちも思っちゃいない。

 選ばれたら、そうしたら、そのときにやるべきことやらなきゃならないことは、もちろんやりますよ。
 当然じゃあないっすか。

 日本が求める「イチロー」と、イチローが望んでいる「イチロー」。
 それは間違いなく、天と地ほどの差があるのだと思う。

 イチローとしては「イチロー」ではない「イチロー」が求められる。
求められた「イチロー」は、それがイチローの「イチロー」ではなくとも、「イチロー」としてイチローでいなくてはならない。

「イチロー」ではない「イチロー」としてやらねばならないこと。求められること。

 それは、当然やる。

 だから、その姿を、若手や日本の他の選手に見せたい。
 いや、見るべきだ。

 苛立ちや悔しさを隠しきれずに、

「驕った立場じゃなく、僕ひとりが駄目だから勝てない、なんてチームじゃないですよ、日本は。
 間違いなく、強いチームです。そうであってくれないと、困るでしょう」

 と、わたしのなかのイチローがコメントをしているのである。

 映像を観てしまわないうちに、書いておこう。

 なんにせよ、今日のキューバ戦の勝利を喜び、明日の韓国戦でのよい試合結果を祈ろうと思う。



2009年03月18日(水) かっぱどきゃと「ブーリン家の姉妹」

 そうだ、ギンレイに行こう。

 と思いついた。
 金曜で今の作品が入れ替わるのだが、二本のうち片方をまだ観ていない。

 携帯で上映時刻を確かめる。

「ゴンッ」

 暗転――。

 ここはまだ品川駅の港南口である。
 ギンレイでも、上映前の予告編がはじまるわけでもない。

 脳天をおさえる。
 ジンジンしている。

 柱とはち合わせてしまったのである。
 せせらぎの石にくるりと回る花弁のように、である。

 せせらぎの音は、衝突音すらも飲み込み、サラサラと流れてゆく。

 誰も笑うものはいない。
 いたのかもしれないが、とうに下流へと流れ去ってしまっている。

 あちち。

 わたしがもしも河童であったなら、皿が割れて致命傷になっていたに違いない。

 つむじの奥の真ん中を、そっと指先でなぞって無事を確かめた。

 そして。

 秋葉原で乗り換える。
「お茶の水、新宿」方面だから、と溢れかえる人の波に揺られながらホームを歩く。

 あっと、こっちだ。

 てくてくと階段をのぼってゆく。
 段には、駅名が順に書いてある。

 浅草橋、両国、錦糸町。
 ふう、やっとのぼりきった。

 んむぅ。
 なにやら懐かしい視界である。

 逆のホームに、わざわざ確認しながのぼってきてしまった。

 河童の川流れ――。

 よちよちと、また階段をおりてのぼって、ようやく本来のホームにたどり着く。

 車窓から見下ろす神田川が、黒くキラキラと光りながら併走していた。

 さて。

「ブーリン家の姉妹」

 をギンレイにて。

 会社帰りに名画座だなんて、なんておすまし野郎だ。

 すましてなんかおりません。

 さてこの作品。
 エリザベス�祇っ太犬砲泙弔錣襪蕕靴な�語。

 はい、それだけです。

 さびしいのでもう少し。

 愛と権力と身内の欲望に翻弄され、翻弄して、とてもイタい物語。

 学ぶべきことがひとつ。

「男に主導権があるようにみせること」

 が、

「女の奥義」

 であるということ。

 この奥義を知ったところで、いったいどこで駆使すればよいのだろう。



2009年03月17日(火) 「誰よりも美しい妻」

 井上荒野著「誰よりも美しい妻」

 この作品は、夫婦の、男女の「愛」の深さ、強さ、恐さを、ぞくぞくさせながら、もやもやとさせられる作品である。

 夫は何があっても私のところに帰ってくる。

 夫に、浮気相手と会うためにさらりと嘘をつかれても。
 それが嘘だとわかってしまっていても。
 嘘だとわかっていることに夫が気づきもしていなくても。

 平気で浮気相手を自宅に招き、妻と妻の手料理を自慢げに見せびらかしても。
 浮気相手に面と向かって詰め寄られても。
 そんなことが次から次へと相手が変わるだけで繰り返されていても。

 そんな妻は、年頃の息子に

「怠惰なだけだ」

 といわれる。

 夫の愛を信じていること。
 信じるより以前の、確固たる真実である、と感じていること。
自分の夫に対する愛もまた同じく。


 事実夫は、妻なしには生きられない。
 妻が愛してくれている、という真実があるからこそ、男としてあちこちを歩き回れる。

 真実なのだろう。

 真実だからこそ、
 揺るがないものだからこそ、
 完璧だからこそ、

 それは現実のものなのか、手応えを確かめようにも確かめられず寂寥感に囚われてしまう。

 歯がゆさともどかしさに溢れた夫婦の「愛」の世界をのぞいてみたい方は、読んでみるとよいかもしれない。

 きっと、胸を「うききいっ」とかきむしりたくなることだろう。



2009年03月16日(月) ヒマラヤ杉の下で

 近所に、なぜかヒマラヤ杉が一本、立っている。
 三つ叉のその突端に、平屋の古い木造家屋を庇護するように。

 そこはお婆さんがぼそぼそとパン屋という名の生活雑貨屋を営んでいる。

 牛乳瓶入った小さな冷蔵庫、洗剤、菓子パン、縄跳び。

 昼間に一度、コーヒー牛乳(もちろん瓶の)をいただいたことがある。

「すみませえん。お勘定いいですかあ」

 ウサギが昼寝から覚めるくらいして、奥からゴトゴトとお婆さんが出てきた。

「あ、自分で開けますから」

 小銭でちょうどを手渡すと、

「瓶はそこの脇に立てといてくださいね」

 登山をするようにタタキを這い上がり、いなくなってしまった。

 ぷしゅ。
 ごく、ごく、ごく……。

 カタン。

 ケースにぽつんとひとつだけ置かれる音が、しんとした室内に響く。

「ごっそさまでしたあ」

 ガタガタ、ガラガラガラ。

 年季の入った引き戸が、おうい出てかないでおくれよお、と訴える。

 わたしだって、ひとりきりで閉じ込められるのはイヤだよ。

 そんなことを思い出す。

 宵闇に戸はぴったりと閉ざされていた。
 物音ひとつ、聞こえてこない。

 鬱蒼と頭上に枝を広げるヒマラヤ杉に手をあてる。

 ザワザワザワ。

 夜気に冷えた樹皮が、ざらざらと懐かしかった。



2009年03月15日(日) 「宮廷画家ゴヤは見た」我が運勢

「宮廷画家ゴヤは見た」

 をギンレイにて。

 ゴヤ(ステラン・スカルスガルド)が描いた肖像画のふたりの人生を描いた作品である。
 裕福な商家の娘イネス(ナタリー・ポートマン)が、居酒屋で豚肉料理を食べなかった、という理由だけで異端審問にかけられ、尋問という拷問によって「ユダヤ教を信仰している」と告白させられてしまう。

 異端審問会の指揮をとっていたロレンソ神父は、自らが復興させた尋問によって牢に閉じ込められ、拷問を受け、告白させられたイネスのことを、ゴヤが描いた彼女の肖像画をみたときから、じつはこころ傾けていたのであった。

 フランス革命による教会の立場の変転、そしてまたイギリス軍によるフランス軍の撤退など、それらの激動のなかに翻弄される人々の姿を描いている。

 やはり、ナタリー・ポートマンは、素晴らしい。
 この演技力は、思わず「すげぇ」と声を漏らしてしまった。

 ゴヤといえば、「黒のシリーズ」である。
「〜ヌス」とかいったうろ覚えの題名ではあるが、我が子を頭からかじっている姿の作品は、強烈に記憶にある。



 さて今日は、いつも通りに昼から出動である。
 気づいたら「ウチくる」が「さんまのあっぱれ〜」に変わるところだったのだが、まさに「あっぱれ」な睡眠時間であった。

 うだうだとドキュメンタリーを観ながら、あら国際結婚なんて大変ねぇ、でもやっぱり愛よね愛、などと相づちを打つ。

 そうしてふわふわと部屋を出て、移動鞄屋「えいえもん」の女子が被っている鮮やかな紺の、ニット帽のボンボンに目を奪われつつ、不忍池にたどり着く。

 そうだ、湯島に行こう。

 とはいいつつ、すぐの通り道である。
 天神様には久しぶりである。

 湯島の梅園に恋人とくると別れてしまう。

 という古くからの言い伝えがあるが、わたしにはとんと縁がないコンコンチキな話である。

 湯島天神を抜けると、やがてすぐに神田神社である。

 そういえば先月は顔を見せていなかったことを思い出し、ちとご挨拶でもせねば、と思い立つ。

 ぱん、ぱん。
 なむなむ。

 なむなむとは「南無南無」ではない。宗派上の文句を超えた、万能の唱え文句のつもりである。

 神妙に手を合わせ、もくもくとコウベを垂れていると、もくもくと鎌首をもたげてくるものがある。

 新年度を前にして、運試しである。
 また、ご無沙汰の非礼に大黒様、オオナムチノミコト様がヘソを曲げてはいないか、ご機嫌伺いの意味もある。

 カラカラカラ。
 シャッシャッ。

「一番」
「大吉」

 である。
 年始にひいたのは「中吉」であったので、なかなかの進歩である。

「縁談」かならずまとまる。

 だそうである。

 これがひとか作品か、大黒様の石像を見上げて問いかけてみる。

 身の丈三メートルはあるそのご尊顔は、空を見上げて笑っている。

 はぐらかされているようである。

 つられてこちらもゆるんでしまう。
 まあ、いずれどちらかわかることであろう、と一礼。

 もっぱら作品のほうであることを祈るばかりである。



2009年03月14日(土) おおもりかつ

 早朝から大森にゆかなければならなかった。

 イ氏のところで血液検査である。

 つまりは、血を抜かれるのである。
 本来、体内にあって全身をくまなく巡るべきものが、体外に失われてしまうのである。

 失われたものは、取り返さねばならない。

 外にあるものをもらえないのならば、なんとも思わない。
 もとより内にないのだから。

 しかし、内にあるものが失われるのは、なんとも嫌な気分になる。

 即座に取り返すつもりである。
 釣り銭以上に、とことん、である。

 この一週間、夜を断肉してきたのである。
 牛はもとからであるが、豚も鶏も、である。

 白身魚の焼いたのしか、肉の類いは口にしていない。
 揚げたのも、もちろん口にしていない。

 とくとくと試験管のなかに波立ってゆく有り様をみて、さらに強く思ったのである。

 大森の少しばかりの名店で、とんかつをいただいた。
 空腹の、完全に空っぽだった胃袋に、である。

 しかし、旨かった。
 老婦人ふたりで切り盛りしているようであり、あなどってしまいがちであったが、どうしてなかなか。

 とんかつは、偉大である。



2009年03月11日(水) 夜桜望月

 上野の山の裾のを分け入って五條天神社や東照宮へと続く暗い道で、向こうから女のひとが歩いてきた。

 夜桜を見上げていた目を道の暗闇に落としたばかりなので、さらにぴゅうぴゅうと吹きつける冷たい風のせいもあって、ぼんやりにじんでいた。

 女のひとは、晴れ着姿だった。

 気がつくと、いつの間にか見知らぬ老人がわたしの横を歩いていた。

 老人がすれ違う晴れ着姿の女のひとを追いかけるように振り向いたので、わたしもつられて振り向いてしまった。

「粋な女だねえ」

 しみじみ、つぶやいた。
 わたしも、しみじみ、そう思った。

 よく見ると、ちらほら晴れ着姿のひとが目につく。

 そうか、そんな季節だったんだ。

 まあるい白いお月さまが、たおやかに微笑んでいた。

 今夜は望月――。



2009年03月10日(火) 「なんとなくな日々」

 川上弘美著「なんとなくな日々」

 川上弘美さんのエッセイ集である。十年近くたってのことである。

「十年ひと昔」とはよくいったものだが、しかしこの言葉、自分で言っておきながら、久しく聞いたことがなかった。

 ひと昔といっても、今や文明科学の発達のおかげをもって、

「一日ひと昔」

 と思うのはわたしだけだろうか。

 そのくせ、その一日を大事にかみしめるように過ごしているわけでもないように思ったりする。

 いつまでも「ひと昔」のまま、いいや、いっそ「ひと昔」の住人にでもなっているかのようなわたしがいる。

 友人のかなたが言っていた。

 五歳児の一年は、五分の一。
 五十歳の一年は、五十分の一。
 だから早さが違って感じる。

 うへえ、なるほど。

 といたく感心してしまった。

 人生はどんどん加速していってしまうのだ。

 なんてこと、おちおちしてられないじゃない、と思いはすれども、「あまのじゃく」なわたしである。

 まっすぐゆけばよいものを、ふらふらと右や左に千鳥足。

 千鳥って、もつれて、素直に転べばよいものを、宙返りなぞしてみせようとしてみる。
 宙返りなぞできるわけもなく、たいそうなすり傷をこさえてしまう。

 じんじん痛むのに、へっちゃらなそぶりをしてみせて、後ろでそっと、身をよじるほど痛がって、じたばたしたりもする。

 強がる、のならよいのだが、それとは違う。

 しかるべきときに強がって、しかるべきときに弱がればよいのだが、その「しかるべき」ときに「しかるべく」することが、なかなかできないのである。

 理由は、自分でもわからない。

「なんとなく」

 なのである。

 わたしも「なんとなく」な日々を、懲りずにこの先、今が「ひと昔」になってしまうころでも、過ごし続けているのかもしれない。

 根本的に「あまのじゃく」なので、保証はできないけれど、なんとなく、そう思う。



2009年03月09日(月) 西郷さん

 突然ではあるが、上野の西郷さんに、夜、会いに寄ってみた。

 なんとゆうことか。

 西郷さんの背後に、チカチカとイルミネーションが輝いているではないか。

 もちろん、ご本人が、ではない。
 そんなことがあったらたまらない。

「チエィースっ!」

 と、およばすながら、わたしが薩摩示現流の真似ゴトで切り払って差し上げることであろう。

 西郷さんの背後にそびえ立つ、立派な大樹が、チカチカとクリスマスでもないのに着飾られているのだ。

 わたしは、イルミネーションがダメである。
 あちらがチカチカ瞬かずとも、わたしの謙虚で臆病な目のほうがへいこらしてしまい、固く閉じてしまうのである。

 だから、いつもの帰り道には、イルミネーションがない道を選んでいる。

 西郷さんは背を向けて立っているから、まぶしいことなどないのだろう。
しかし、自分の背後が賑やかにチカチカしているのは、たいそう気になるはずだ。

 振り向きたくても、振り向けない。

 気になったまま、自分の目でたしかめることもできないまま、ずっと、毎晩過ごさなくてはならないのだ。

 凛々しく、威風堂々と気取ってご主人様の傍らに鎮座している愛犬も、一緒に背を向けてしまっているのだから、なんともできない。

 いや。
 得意げにしていることだけで精いっぱいで、背後のそんな一大事にすら気づけていないのかもしれない。

 だからあんなふうに、すまして気持ちよさそうにしていられるに違いない。

 こっけいだけど、なんだか愛らしいので、わん、と吠えてみた。

 突如、暗闇のなかからわたしに吠えられて、きっと、喧々囂々、だったに違いない。

 チカチカの逆光でよくは見えなかったが、西郷さんの顔が、ムツカシイ顔をしていたような気がした。

 わたしはこの足で弁天様のとこに行きますから、どうぞおかまいなく。

 とぼとぼと池の弁天様のとこに向かうと、ぴったりと戸を閉ざされてしまっていた。

 こんな夜にきているのだから当然である。

 美容のためと、きゅうりやなすのスライスでパックするのに大忙しなのかもしれない。

 それとも、お隣の大黒様と杯を酌み交わしていい感じになっているのかもしれない。

 どうせわたしは下戸ですよ。

 帰って、ごきゅごきゅと野菜ジュースをラッパ飲みした。



2009年03月08日(日) 「海」

 小川洋子著「海」

 短編集なのだが、「ガイド」がわたしにとって秀作だった。

 ガイドが母の少年とツアー客の老人が出会う。老人は職業を、元は詩人だったがやめてしまって今は「題名屋」だという。
 思い出に、それにふさわしい題名をつけてやる仕事。
 題名のない思い出は忘れ去られやすいが、題名があれば、それは忘れにくく、また思い出しやすい。

 そして。

「詩など必要としないひとはたくさんいるが、
 思い出をもたないひとはいない」

 グサリと、くる。

「HOW TO」本を必要とするひとはいても、
 小説を必要とするひとは少ない。

 である。

 著者もそれに触れ、苦笑いしている。

 しかし少なくともわたしは小川洋子作品が、好きである。

 日常のなかの、ありふれた満ち足りているなかに潜んでいる不完全さ、である。

 その不完全さが、とても触れがたいほどの聖性をおびた、愛しいものとして描かれている。

 これほどまでの力を孕む言葉たちを紡ぎ出すことが、できるのだろうか。

 いや、やらねばならないのである。



2009年03月07日(土) 一路、勝利へ

 試合開始の二時間前には、いつもの水道橋のカフェに入る。

 イチローは、やってくれた。

 二打席目のバントのことである。

 打席に入り、いつもの儀式の、構えながら投手を見据えるところ。

 チラ、チラ、と左右に視線が振れる。
 そしてやけに神妙な間。

「コツン」

 思わずわたしは苦笑いをしてしまった。

 じつは一打席目、きれいなライト前ヒットを決めたとき、湧き上がった歓声のなかでわたしは、真逆の苦笑いを浮かべていた。

 たかがヒット一本出ただけでこの歓声。

 イチロー本人は複雑だったのかもしれない、と思ったからである。

 彼は、とことん、プロとしての姿を突き詰めている。
 いくら不調と周りから騒がれ心配されていようとも、こんななんともない普通のヒット一本で、ここまで歓声が上がってしまったか、と。

 それなら次は、相手も味方も観客さえも意表をつき、なおかつ相手チームのペースを崩しつくしてやれることをしてやろう。

 そう思いついたのかもしれない。

 普通、復調の一本が出たら、さらに勢いづかせる意味もあって、さらにきれいな一本を続けよう、と思う。

 次もヒットが打てるのかどうかの不安を払拭したくなるからだ。

 イチローは違う。

 たかが次の自分の一打席のために、とらわれない。
 強打し、仮に本塁打を打ったとしても、一瞬で相手の士気をくじくだけである。

 投手交代を早まらせ、立ち直る、切り換える間と機会を与える。

 勢いをまだまだ持続させて、相手を追い詰め、さらに味方の勢いを一過性のものではないものにする。

 あのバントは、一度限りの一手だっただろう。
 失敗したら、その姿勢を見せるだけでも、十分な意味がある、と。

 結果論だが、なんにせよ、日本の勝利を喜びたい。

 そして、珈琲一杯で六時間弱、くつろがせてもらった店に、感謝する。



2009年03月06日(金) 影が嘯く(うそぶく)

 わたしにとっての逢魔が刻、夜八時は気をつけねばならない。

 誰そ彼。

 影が薄くぼんやりと、ながく尾をひいている。

 もっとも陽があるわけではなく、街灯か月光によるもののみだから、それのせいだといえぬわけでもない。

 毎夜のことながら、不忍池の弁天様の脇の下をなめるようにくぐって歩く。

 池のふちすれすれのところを、濡れそぼった野良が、わたしと並行して歩いている。

 誰そ彼。

 この柄模様は、うずらといったか何といったか、曖昧である。

 余所見してちゃアブナイよ。
 余所見だってかまうもんかい。どうせ行き慣れた道だから、勝手はわかってるさ。

 ふん、と鼻の向きを変え、植木のなかに消えていった。

 タッタッタッ、とジョギングをするひとがわたしを追い越してゆく。

 あっ。

 彼はわたしの影を踏んでいった。



2009年03月04日(水) 誰のためでもなく

 すっかりご無沙汰であった、それはとても不届き千万なことでまことに恐縮のかぎりなのだが、篠原美也子さんのエッセイを読んだ。

 昨年のワンマンで触れなかったあたりから、そのような雰囲気はあった。

 しかし、春が来れば自然そうなるだろう、という、皮肉なまでの図星であり、そしてなにより、そのことをさも当然だと信じている願望が、わたしを支配していた。

 願望と、欲求は、違う。
 願望を満たすとき。
 それはどこか不満を含んだ、空しさのようなものを感じる。

 欲求を満たすとき。
 それは確かなカタマリとなって、わたしを次へと突き動かす。

 願望とは、どこか己の力ではないものによるところが大きい。

 求められたものに対して答えるのは、それはそれでとても大変なことでもあるが、「求められたから答えただけ」ということにもなりうる。

 いや、

「答えざるをえない」

 とも。

 誰かにクビにされることは、
 クビにしてくれる誰かがいる、
 ということである。

「誰か」であったり、
「何か」であったり、

 つまりはそれらに依っている。

 高知ケンとの会話を思い出す。

「書くだけ」の生活。

 それを生活の糧にできるほどのものは、一切、持ち合わせていない。

「書いてくれ」とは、誰からも頼まれていない。

 わたしをクビにできるのは、
 世界でたったひとり。
 わたしだけだ。

 では現実の仕事云々をなくしてしまうと、困るのは、困る。

 だがそれは一時的なものだ。

 仕事をしたいから仕事をしているのではない。
 せねばならぬからしている。

 とはいえ、元来ぐうたらなわたしは、対外的な何かがないと、社会や世間とはまったく歩調が合わなくなってしまう。

 だから、それはそれでわたしにとっては必要なものでもある。

「生きがい」

 を外的なものによるものにすることは、ままある。

 内的なものにしてしまうと、それはたちまち形を失い、いったい何だったのかわからなくなってしまう。

 わたしは内向する。

 己の影を見つめ、そこに映っているわたしと向き合う。

 篠原美也子さんは、これまでの自分の足跡は二十五センチだったという。
 わたしは、並べるのも見当違いと思ったが、これまでに書いてきたB6版のネタ帳を重ねてみた。

 十センチに届かない。

 昔の手帳のメモ用紙時代を加えれば、多少は超えるかもしれないが、まだまだその程度だった。

 誰のものでもない、己のもののために。

 誰にも責任転嫁などできない、己だけの責任で。

 まだまだ、書くだけ。



2009年03月03日(火) 「鴨川ホルモー」

 雨が夜更けとともに
 雪へと変わる。

 サイレントナイト……。

 舞い散るのは桜の花か、六角か。

 指が千切れんばかりの寒さである。

 がしかし。

 わたしの内からは、ふつふつと湧き上がる熱き叫びがある。

「ホルモォォォッ!」



 万城目学著「鴨川ホルモー」

 テレビドラマ「鹿男あをによし」で多部未華子に「夜ピク」以来の再びの動悸を覚えた記憶があるのだが、同じ著者である。

 本作品がハードボイルドエッグ新人賞受賞作という、文庫化を待っていた作品なのである。

 愉快痛快娯楽作品である。

 京都の四大学間で脈々と継がれ続けてきた、決して表には現れない闘争の歴史があった。

 各々が式神を使役し、式神同士のみで戦うこと。

 またもや「京都」である。

 単行本発売当初、わたしはいの一番に手にとっていた。

「ホルモー」は決して「ホルモン」ではなく、一切の関係を持たない。

 その過ちに気づき、頭書きにその旨が記してあったからなのだが、そこで書を閉じておいてよかったと、痛切に思う。

 本編の扉を開けてしまっていたら、終えるまで帰ってくることはできなかったかもしれない。

 魑魅魍魎がバッコする物語などではない。

 今春映画化され、封切りがもう目の前であるが、その告知ポスターを見たことがあるかもしれない。

「三国志」のゲームを知るひとは、つかの間だが合戦の表現はああだとだけ言っておこう。

 愉快痛快娯楽恋作品である。

 なぜだろう。

 舞台が同じ「京都」というだけではない。
 しかし森見登美彦氏とまるっきりかぶってしまうのである。

 森見氏のほうが、個性的で好みではある。

 とはいえ、まだ一、二冊を読んだにすぎないのだが。



2009年03月02日(月) 阿房とサクラ

 昼食を高知ケンと共にした。

 名を変えての登場だが、かつての後輩であり、今の職場で再会をはたした不思議な縁があるものである。

「遅まきながら、新年会兼ねて昼飯でもどうっすか」

 彼がいいだしてから、もう二十日もすれば桜が咲くという今の今まで延期されていた。

 待ち合わせに、いつものごとく、わたしは十分ほど時間を惜しむことなくかけておもむく。

「やあやあ、どうもどうも」

 わたしに気がついた高知ケンは手を振る。

 まるっきり「阿房列車」の某氏じゃあないか。
 それなら、とわたしも真似て「どうもどうも」と返す。

 ところで百ケン先生は、けっして「どうもどうも」をよしとしない。

「何が「どうも」なのかわからないのだが、本人がそういうなら不思議だがそのままにしておこう」

 どうやら、よしとしないほどのことではなかったようだ。

「いつもの店でいいですか」

 いつももなにも、前に二度だけ行った定食屋じゃないか。
 いやたしかに、今までその二度しか、彼と昼食を共にしていないのだから、そういっても間違いではないのか。

 わたしが答えるのをほったらかしにして、ずいずいとその店に向かって歩き出していた。
 不平や不満、文句をこれっぽっちももつわけでもなく、わたしはユルユルと彼を追いかけた。

 先にいって席をとってくれるならそれに任せよう、などと都合のよいことを考えていた。

 まさに、まるっきり「阿房列車」である。

「いやいやいや、すごい並んでますよ。ほかにしますか」

 高知ケンの言うとおり、すごい行列である。
 けっきょくまた彼の後についてゆき、洋食屋に入っていった。

 久しぶりに、オムライスのメニューを目の前にした。

「ぼくはハヤシとハッシュドビーフと迷ってるんですけど」
「ハッシュドにしよう。ハヤシなら、松本楼でも食える」
「マジっすか。さすがですね」

 なにが「さすが」なのか、からかい文句のつもりなのかもしれないが、気にすまい。

 なにせ、目の前にはもう「ハッシュドビーフのオムライス」が、トロトロと湯気と香りをたたえ、鎮座ましましているのだ。

 うむ。
 久しぶりに堪能した。

「じゃあまた。次は花見しながらにしましょう」

 その花は、桜ではなく向日葵かそれとも。

「本意気で作家さん目指してくださいよ」

 冗談や洒落のつもりなど毛頭ない。

「いやいや、設計の仕事なんかしてないで、籠もって書いているだけの」

 それをして、すぐに財布が落ち葉よりも軽く薄くペラペラになったから、出稼ぎをしているのである。
 不思議なありがたきご縁を経て、今こうしてはいるが、根無し草には変わりない。

「生活の心配がなければ、またその生活をしたいですか」

 すべきである。
 当時は療養を兼ねていたので、まだ逃げ場があった。
 それは、壁でもあったのだが。

「だけどそれも楽でよさそうですよね」

 楽である。

 が。

 書くことにまつわることだけの日々は、同時に苦でもあることを忘れている。

 とはいえ、わたしは苦であるなどと思ったわけではない。
 やりたいことをやるからには、苦など感じることはないのである。

 うむ。

 普通に働き、
 普通に過ごし、
 普通に暮らす

 ことが苦に思えるのは、それは幸である。

 それを、線の手前で傍観せざるをえないのだから、仕方がない。
 仕方のあることを、仕方の限りでやるしかないのである。

 わたしよりよっぽど仕方があるものは、気まぐれに仕事の傍らで書いてみるのがよいと思うのだが、その気になるかならないかの違いしかそこにはないのである。

 桜が咲いたら、高楊枝でそう言ってみるのもよいかもしれない。



2009年03月01日(日) 「カフーを待ちわびて」「余命」「へばの」

 今日は映画サービスデーである。

 まずは、

「カフーを待ちわびて」

 宝島社エイベックス社主催の「第一回ラブストーリー大賞」大賞受賞作。
 恥ずかしながら、わたしも投稿したコンテストである。

 正直な感想。

 これは、よい作品である。

 じんわりと、泣ける。
 ぞわぞわと、全身の真ん中が震えていた。

「カフー」とは、よい知らせ、幸せ、という意味。
 沖縄の小島におばあと暮らす玉山鉄二演じる明青。幼い頃に母親に捨てられた明青は、ずっと独りでいた。
 島興しの視察先でいった内地の神社で、絵馬にひとつの願いを込める。

「嫁にきませんか。
 幸せにします」

 友人らに追い立てられ、苦し紛れに掛けた絵馬だった。
 その絵馬を見て、「お嫁にしてください」と、突然現れたマイコ演じる幸。
 過去をあまり話さないまま、ふたりの暮らしがはじまってゆく。
 島興しのリゾート開発の話が進んでゆくなか、幸がそれに関わる人間ではないかと、疑念が湧き上がる。

「夏が終わっても、ずっとここに居てもいい?」

 幸の本音の言葉を信じきれずに明青は、自分の気持ちに嘘をつく。

「一、二、三……」

 我慢しなきゃならないとき、ゆっくり数えるんだよ。

 幼い記憶の中で、母親が教えてくれたことだった。
 ずっと、枕を胸に押し当て数え続ける。

 幸は、リゾート開発なんかとはまったく、無関係だったことを知る。

 立ち去った幸を追いかける明青。
 幸はこの島に、返さなければならないものがあるといっていた。
 そしてもうひとつ、絵馬を返しにあの神社にゆくはず、と。

 幸と明青のふたりの過去。
 幸がきたときにおばあが言っていたことば。

「あの子を幸せにしてやりなさい」

 カフーを待ちわびて、ふたりは出逢ったのである……。

 わたしも、さっそく絵馬をかけにゆきたい衝動にかられた。

 カフーは寝て待て。

 やるべきことをしっかりとやった者のみが、いえることばである。

 うむ。
 常に寝てばかりいるわたしには、まだまだ、かもしれない。

 もとい。

 この作品、等身大の世界観で包まれた、胸にしみる作品である。
 さて二作品目。

「余命」

 松雪泰子主演作品。
 神保町のとある古書店の窓ガラスに貼られたポスターで、以前から見かけていた。

 大学病院の外科医である滴(しずく)は、かつて乳癌を患い片方の乳房を全摘出していた。
 元医師のしがないカメラマンである夫と十年にして念願の子どもを授かる。

 その矢先、胸に悪夢を甦らせるしこりをみつけてしまう。

 三十八歳の自分には最後の出産のチャンス。

 外科医である彼女には、再発の恐ろしさと生存率と余命と可能性が、十分にわかっていた。

 夫の安定しない仕事、何よりも自分を大切にしてくれるやさしさ。

 打ち明ければ、子どもを諦めて治療に専念するようにいうことがわかっている。

 滴は、夫に舞い込んだ長期の、予定日ギリギリまでかかる仕事を受けるようにいう。

 ひとりで産み、耐えるために、医師の仕事は既に辞めて。

 癌組織は、胎盤に阻まれ、胎児に影響を及ぼすことはない。
 ただし、癌の進行を早めることにも、なる。

 滴に言われたとおり、沖の鳥島へのアホウドリの調査団に同行するため、夫は旅立つ。
 予定日よりひと月早く陣痛がはじまり、一向に連絡がない夫は、やはり帰ってこない。

「罰が当たった」

 とつぶやき涙する滴に、同室の妊婦が手を握る。

「いいじゃない、罰でも。新しい命が、全部洗い流してくれるわよ」

 産後、家に閉じこもり、ひとりきりで子育てする滴。
 同期の親友が訝しんで訪ねてくる。

 室内には、ひと嗅ぎでわかるほどの、癌患者特有の組織臭が漂っていた。

「夫が帰ってきたら、そうしたら治療にゆくから」

 やがて倒れ、緊急入院した滴の元に、はじめてすべてを知らされた夫が帰ってくる。

 残された時間は、あともうわずか。

「わたしが生きていた証しを、あなたとわたしが愛し合っていた証しを、託したかった」

 治療せずに産むことを選んだ理由を、伝える。



 隣の女子たちが、ジュルジュル、グシュッ、としていたので、女性は泣かされることは間違いない。

 ほかのひとよりも知っている、ということは、
 ほかのひとよりも、つらい、

 ということがある。

 投げ出したくとも投げ出せない。
 見たくなくとも、
 見えてしまう。

 愛するひとになら、なおさら。

 エンディングの歌だけが、不満であった。

 メッセージ性というだけでなのかは知らないが、なんでもかんでもラップ調にすればよいのではない。

 それを除いて、なかなかの作品、かもしれない。

 そして本日最後のトリは、場所を銀座から東中野に移して

「へばの」

 どうしても、見逃したくなかった作品である。

 とはいえ、はじめから知っていたわけではない。
 作品候補を並べているうちに、上映が銀座界隈ではなく東中野のみ、という時点で除外して当然だった。

 しかし、脳裏の闇の奥に消し去ったつもりが、決して消すことのできない黒い沁みとなって、やがて「それありき」となっていたのである。

 青森県六ヶ所村。
 核燃料再処理工場で働く治と、その恋人の紀美。

 普通に結婚し、子どもをもうけ、新しい家庭を築く。

 そんな、ごく普通の幸せを思い描いていた。

 しかし工場での作業中に、治はプルトニウムの内部被爆(吸引)をしてしまう。

 被爆した細胞が破壊されてしまえばよいのだけれど、生き残った細胞はそのまま分裂してゆき、癌、白血病で本人に現れるだけでなく、遺伝として、何代か後の子孫にそれが現れてしまう。

 治との結婚、子どもを欲している紀美の前から、治は姿を消してしまう。
 紀美の父は、

「村のため、あしたのため」

 と、核燃料再処理施設に計画の当初から関わり、貢献してきた人物だった。

「こんな村では子どもを育てられない」

 と、紀美だけを残し、母親が息子を連れて村から出ていってしまったとしても。

「わは、この村で、紀美と孫と暮らすのが夢だ」

 治に、紀美に語っていた。
 その父が亡くなり、それを新聞で知った治が、紀美の前に三年振りに現れる。

「まだ、わの子が欲しいか」

 かたときも忘れることなく、治を待ち続けた紀美は、ためらいなく肯き、再処理工場の前の海辺で結ばれる。

 車内で目を覚ました紀美は、治の姿がないことに気づく。

 しかし、治の戻りを待たずに、車を走らせ、紀美は帰ってゆく。

 治は、工場の立ち入り禁止地区内(放射能廃棄物埋設区域)に、ひとり立っていた。

「わは、ここにいるよ」

 銃声に命を断たれる。
 いや、絶ってもらう。

 紀美は、結ばれている最中に治に「どっか行こう。東京でもどこでも」と言われて、答えた。

「わは、ここにいる」

 自分の子孫を未来に残してはならないと覚悟を決めていた治。

 それでも自分の体に治の子を宿し、再処理工場のあるこの村で生きてゆく覚悟と強い意思を決めた紀美。

 そして、紀美は治の子を宿し、産む。



 これは、メッセージである。
 核の施設と共に暮らし、生きてゆく、という現実に対する。

 原子力発電なしに、今の社会は成り立たない。

「エコ」という名の下に電化が推奨され、電力の供給源と環境破壊、汚染が、同列として認識されていないところがある。

 核廃棄物の行く先は、ただ地面に深く埋めるだけである。
 完全な無害な再利用技術は追いついていない。
 埋設候補地を、自治体に助成金という餌で募らねばならない有り様である。

「人間は、生きているかぎり、常に被爆している。
 だから気にすることはない」

 紀美の父が、悩み苦しむ治にかけた慰めの言葉。

 電化製品の恩恵に預かり、もはや無しには生活など考えられないわたしは、覚悟をしていなければならない。

 後世に残してもよいのかどうか、も含めてである。

「へばの」とは青森県の方言で、「それじゃあね」「またね」の言葉である。


 < 過去  INDEX  未来 >


竹 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加