「隙 間」

2008年02月29日(金) 四年に一度の日

今日は四年に一日しかない日です。
データファイルの保存日付を感慨深く眺めたりしました(笑)

そんな日は、とっとと定時に上がってしまわなければ勿体ないでしょう、と。
作戦会議をたてなければなりません。
明日の、です。

明日は一日、映画千円の日です。

はしごしなければなりません。
しなくてはならない理由など、ただ千円で観られる、ということ以外なにもないのですが、それ以上になにがあるのでしょうか、いや、ないに違いありません。

場所は日比谷・有楽町です。
気になる作品をズラッと並べて、各々の上映時間を書き込んでゆきます。

作品を選ぶ際に、頭の隅に置いておくこと。

あとでギンレイで上映するかもしれない。

ということ。
だけれどもわたしはバイヤーでもなんでもないので、隅に放置しておくだけなのですが。

やっぱり、娯楽的にジョニーでっぷを観るか、でもそうするとぎょうさん行列できて整理券並ぶのも、まわりがカップルばっかだろうことも、どの時間の上映なら他とうまくはしごできるのか、考えねばなりません。

ここはひとつ、わたしによる……

政治的決断

が必要になるやもしれません。

何の?笑

候補作品のなかに、メジャー作品はジョニーさんのバートンなそれしか入っておりません。

「自分……天の邪鬼なものですから……」

うまくつながれば、四作品。
気力体力自力が保たなくても、三作品、観ておきたいです。
となると、ジョニーさんは「またね」になってしまいますが……汗

……まだ、ルート検討中です。
明日までに決まるのでしょうか?汗



2008年02月27日(水) あおいおせんさん

 最近どうにも電池切れが早いと思っていたら。
 だけれどそれは気のせいたまたま、と(汗)

 試しに本日、1T足してみた。

 うおぅ、この時間(八時)になっても、重たくならない。

 検討の余地あり。
 久しぶりにまた、しばらく表つけて、一日のリズムを把握し直してみよう。
 一年も経ちゃあ抗体もできらあな、いつまでも同じってわけにゃあいかんめえ(汗)

 さて。

 麗しの蒼井優さんが、なんとあの「おせんさん」に抜擢、という知らせが!

「おせんさん」とは菊池正太さん原作の漫画で、以前たまぁにモーニングかなんかで掲載されていたときに読んで、気に入ってたことのある作品。

「わっちの腕によりをかけて……」

 おせんさんの料理を一度でも口にすることができたなら、本当の料理の食材の素材の関わるすべてのひとやものを、見つめ直さざるをえない気持ちになるだろう、と、いささか大袈裟ながら思ったことがある。

 だけれども。
 作品自体の素晴らしさは、おいといて(汗)

 あの、天然で、本物を見る目を鼻眼鏡でとぼけたものにして、粋でいなせで凛々しくて、なおせんさんが、今でもイブニングで連載されていたなんて。

 今度立ち読みしてみよう(笑)

「三四郎^2(の二乗)」をチャンピオンで連載していた頃(何年前だ?汗)から菊池正太作品の女性キャラは気持ちいいものだった印象があるし、だけど原作とドラマを重ねちゃあいけないだろうし……。

 四月から放送とのことなので、春の楽しみにしておこう……笑



2008年02月26日(火) よきセンス、あらためて

 先日、あふろん直筆手紙、をいただいた。
 本命は、大西さんのお店でいただいたという扇子を送ってくれたのだけれども(汗)

 扇子は、まず……。

 色が、いい。

 日塗工の色番にはないだろう、和色。
 わが母校色とは違うけれど、紫紺の紺であろう深い藍色。
 色名が滅茶苦茶になっているけれど(サトさんKさん変わらず不勉強ですんません!汗)、とにかくわたし好みのほどよい色。

 あらためて、おふたかたありがとうございました!
 m(_ _)m

 さて手紙の話にもどって。

 ブログ内で、字が汚いのであらためようと思う、と書いてあり、さらに、akdからももっときれいに書いたほうがよいと思う、とも言われたらしく……。

 さあ、どんなもんだ? と(笑)

 ……きれーぢゃん。

 必殺の左フックは♪
 空をきって♪

 おおっ、大人の字、ぢゃん。

 ガードが下がったあごを♪
 チャンピオンは打ち抜いた♪

 社会人の字、ぢゃん。

 彼は膝から崩れる♪
 白いキャンバスという名のベッドに♪

 真似て礼状らしきものを手書きで返してみようかと、一文丁寧を心がけて書いてみる。

 もう何も見えなくなって……♪

 見られた字ぢゃあ、ない(汗)

 ……希望と絶望が右往左往してる♪

 絶望が渾身の右ストレートで希望をノックダウン。
 レフェリーが手を交差するより一瞬はやく、タオルがキャンバスに白い花びらを散らす。

 わたしも書き取りとかはじめようかしらん……?汗

 ネタ書きは手書きだけれど、自分でも打ち込みの際に、なんて書いた俺? なこともしょっちゅうだし。
 徐々に、あらためよう。

 徐々に……。



2008年02月24日(日) 「なぎさの〜2」と一線画すもの

 重松清著「なぎさの媚薬2 追憶の課外授業」

 はい、今回は一時間強で読み終えてしまいました。
 重松さんの官能小説作品です(汗)

 やはりこれは、言葉や文字で直接表現しているだけにしか過ぎず、他の重松作品となんら変わりない紛れもない重松作品です。

 ただ。

 普通の作品と敢えて一線を画しているというならば、なぎさシリーズはあくまでも「官能」小説であり、読者は中高年のサラリーマンに重きをおいていることがあるため、
「男が主観的に主導的な感傷に満足」

 できる世界として描かれている、という点でしょうか。

 乱暴な言い方かもしれないのを承知で、男は単純に自己満足な生き物である、とするならば、自己満足するために必要な「根拠」が必要になります。
 その「根拠」となるものがないかぎり、常にそれを求め続けなければすまないのです。
 そしてそれは、けっして自らの内からは見つけることができないものなのです。

 自分ではない誰か、何か、から与えられた「根拠」でなければなりません。

 世間的な評価、テレビや雑誌でもよいし、知人友人からでも家族恋人からでもよいので、「よし」という根拠が必要なのです。

 ただし、それは口にした当事者が真剣に熟慮し決断して発したものである必要は、「根拠」を求める男にとってはどうでもよかったりすることでもあったりします。

 見た聞いた時点で、その先は自己満足へ流し運ばれてゆくベルトコンベアの上で勝手に加工されてゆくのですから。

 ですからたまに、思い込みが原因で争いになってしまうこともあります。

 こうしてあげることが当然だと思っていた。言われもしないのに勝手にそんなことしないでよ。

 こうするのが当たり前だろ。
 当たり前って誰にとって? あなたにとってだけでしょ?

 自分がこうしておく、ということを相手に告げずに、自己満足で済ますことも男には往々にしてあります。そしてそれに気づいてもらえないと淋しい気持ちに陥ったりすることもあります。

 わたし自身を自己弁護しているようにも思えてきましたが(汗)、おおよそ、そんなものなのです。

 だから男は、社会における評価を求め、それを家族に認めてもらいたがり、そのためにさらにまた、社会でそのことを拠り所にして出てゆくのです。

 わたしたちだけで幸せならそれだけで充分じゃない……。

 たとえば女性がそう男を諭そうとしても、おそらく男は満足しきれないでしょう。
 大概の男は、やがてその女性からの思いやりや優しさや本音であるそれらを歯がゆく思ってしまうような生き物なのです。

 根拠もなにもないわたしですが……汗



2008年02月23日(土) 「ホテル・アイリス」と「なぎさの媚薬1」

 盲点になりがちだった三省堂文庫フロアの幻冬舎の棚の前で、ふと視線が合った作品。

 小川洋子著「ホテル・アイリス」

 母親と娘とバイトのおばさんで切り盛りしている小さなホテル。
 ある晩に宿泊客として出会った初老の翻訳家と娘の間に結ばれていった、いびつな愛。そして、

 絆。

 小川作品の、常に「乾い」ているけれど「柔らか」い距離感の世界で描かれていて、どんなことであろうとそれは儀式のように、厳かにすら感じさせられる。

 さあさあ続いて。

 重松清著「なぎさの媚薬1 海の見えるホテル」

 ジャンル的に躊躇いを感じるやもしれないけれど……やはり重松節にやられました。

 平たくいってしまうと同著「流星ワゴン」官能版です。
 銀色のワゴンが、なぎさという名前の都市伝説的な存在の娼婦になっているようなもの……?

 ただひとつ違うのは、

 ワゴンでは過去の過ちを正そうとしても正すことができず、過去のすべてを受け止め、これからの未来に、明日に、今日に、足を進めてゆく。

 なぎさでは、おそらく、正したのちの今を生きる。

「おそらく」というのは、過去の知らないことがなぎさによってのみ、夢として伝えられるからだ。

 男とは、自己満足で解消できるのであれば、すべてそれでかまわない、といった要素をもつ生き物なのかもしれない。

 己がそれを悲劇だと思い、泣き悲しみ苦しみ、酔う。
 ふとしたことで己のなかでそれが変わることがあると、ころっと納得し満足感で充たされそれでよし、としてしまう。

 ふう……汗

「ホテル〜」を三日くらいで読み終えて、ふう、とひと息入れながら落ちて(汗)、「なぎさ〜」を三時間(!)で読み終えて、都合四時間強、コーヒー一杯で過ごしました……汗

 めんどくさい休日の過ごし方(笑)



2008年02月22日(金) 「エディット・ピアフ」と神からのギフト

 やっほー、やっほっほー♪
 ヌーブラやっほー♪

 ……このフレーズに洗脳されかかってます(汗)

 女性二人組の芸人さんなんだけれども、知ってる?

 名前がわからないけど、全身カラータイツの上にヌーブラを装着しています。
 情報求……まなくていいです(笑)

 さて。
 思い切って定時にささっとあがって、ギンレイにゴー、しました。

 とくに観たい作品、というわけではなかったけれど、

 やっほー、やっほっほー♪

 と、妙ちくりんなテンションを追い払いたくて……汗

「エディット・ピアフ 愛の讃歌」

 知らぬひとはいない、シャンソンの偉人、エディット・ピアフの物語です。

「わたしと同じ年の生まれなの」

 作中のピアフのセリフ。

 なんと!
 不世出のジャズシンガー、ビリー・ホリデイ(!)のことです!!

 なんということでしょう!
 音楽の神がいるのなら、なんというギフトなのでしょうか……!

 という衝撃のおかげで、あやしく軽快なメロディは去ってゆきました(笑)

 根津神社の鳥居の上に、お月様が鎮座在す。

 なんだかこのままいつまでも、見上げ照らされていたい気持ちです……。

(ぐぅ〜……?)

 腹の虫がそれを許してくれないようです。

 桜の芽が、ぷくぷくとしはじめているようです。

 いつもの倍、ゆっくりと歩いてゆきます。

 餓死しないように……笑



2008年02月20日(水) 「恋文」と愛

 内田百�涼�「恋文」

 さきの「恋日記」につづいて、百ケン先生のめくるめく恋心を赤裸々に、えいこれでもか、と書き尽くし埋められた、妻となる親友の妹である清子さんに宛てられた手紙。

 はじめのころは、ただ気をひきたいだけの、ユーモアや知識や親切の内容だったものが、やがて恋人となり、「僕の清さん、清さんの僕」と、もはやひとりの自分であることなど考えられないほどの恋しい内容になってゆく。

 現実の結婚のために、と内容も濃く、

 結婚とはコンベンションであり、感情生活をエンジョイする僕たちにはこだわる必要もないのだけれど、やはり社会で生きるなかでは必要なことでもある……。

 と語りはじめ、どんどん突っ走る(笑)

 僕が一項本をめくるたびに、清さんの僕がえらくなるのだし、僕の清さんがまたえらくなるのは嬉しいから、しっかり勉強しませう。

 と書いてあったりする。

 僕の叱ったことに不満があっても、人前でもそうでなくても、まずは謝ってください。落ち着いたのちに、あれはああであった、と言ってくれればよいから。

 だとか、

 会いに来ると言って来れないのは事情がわかっていても腹立たしい。かといって、天気の悪い日に来てくれると無理をして可哀想に思うから来なくてもよかったのに、と思ったりもする。
 こんなむつかしい僕を、僕として受け入れてください。

 などとも(汗)

 すべて清子さんに送ったり渡したりした「恋文」

 重いって、こりゃあ。
 よくもまあ清子さんは受け止めたものだ(汗)

 これだけ熱烈に恋し愛して結ばれて、終生大事にこれらの「恋文」を保管していた清子さんは、なにがあっても百ケン先生を思い続けていた素晴らしい女性です。

 百ケン先生は、清子さんと三人の子どもをもうけ、やがて……。

 やがて、家を出てしまう。

 書くには子ども三人がいては書けない、ので仕事部屋を借りるが、帰らぬ日が増え、別の女性と暮らしはじめる。

 お父さんはむつかしいひとだから、机の上の紙の位置がずれていただけでも、鉛筆の先がうまく削れていないだけでも、お仕事だけじゃなく具合を悪くしてしまうの。
 だから、そのためにそのためだけのことをしてあげられるひとが必要なの。
 お母さんや奥さんをしているひとと一緒にはいられないの。

 といったことを娘に話していたよう。

 だけれども、百ケン先生は清子さんや子どもたちを愛していたのは変わりなく、遊びにきたり帰ったり、ただたまに会えるお父さん、という思い出がある程度、と娘さんは語っている。

 なんにせよ。

 ここにある愛を感じた。

 愛に、愛たるゆえんの愛を、どれだけ心の奥底からそのすべてをつぎ込めるだろうか……?



2008年02月18日(月) 堕ちて溢れる思い

 堕ちてみました……。

 歩かずに地下鉄で上野にでて、昼飯にカツ丼を食べ、また地下鉄で神保町までゆき、コーヒーではなくカフェモカをすすりつつ過ごし、晩飯はマックできのこエビフィレオセット、さらにプリングルスのフレンチコンソメ(?)ひと缶を脇に抱えて帰り、平らげてしまいました。

 なんてことだろうっ……!

「わたしは帰ってきた!」(アナベル・ガトー)
「ゆけいっ。忌まわしい記憶とともに……」(シャア・アズナブル)

 と、ガンダムキャラ二大巨頭の名ゼリフを口ずさみながら口に放り込み、飲み込む。

 の繰り返し(笑)

 だけれども……。

 やがていっぱいいっぱいになっちゃうんですよね、食べる気が失せるというか。

「ごめんよ。ぼくにはまだ、帰れるところがあるんだ……」(アムロ・レイ)

 と、半分以上残ったプリングルスのフタを閉めて別れを告げました……。

 湿気らないうちに、ボチボチつまむことにします。

 ドキュメンタリーで大井町の洋食屋「ブルドッグ」のマスターと家族の物語をやっていたのだけれど……。

 家族物語よりも、メンチカツのでかさにこころを奪われてました(脂汗?)

 ハンバーグ、とんかつ、メンチカツ、は、洋食における……

 鼎の脚です。
 ドコモ、au、ソフトバンクです。
 三権分立です(笑)

 唾液や胃液や十二指腸液や胆汁が、じゅるじゅると音をたてそうです。

 ムダに食べない。

 を守り、ここぞというときのために、とっておきます。

 ううう。
 腹減った……汗



2008年02月12日(火) 衣

 さて。

 納豆三パック77円を三つ抱えてレジに並んだ赤札堂。

「半額」シールが貼られた唐揚げパックに勢い手を伸ばさぬように、毎度格闘しております……汗

 ……。

 唐揚げは、やはり甘辛い味が、いい。

 できるならば唐揚げではなく、竜田揚げのほうが食を好むのだが、如何せん絶対量が違うので、唐揚げとなるのだが、これではるで「お前はわたしの妥協の末、箸を向けられたのだぞ」と言っているようで唐揚げに申し訳ない。なので断っておく。

 貴兄には常に敬意を表している、と。

「甘辛い」といっても、甘さは弱いのがいい。
 香ばしさを引き立てる程度のほのかな甘みこそが、抜群なのである。

 衣はカラッとしており、ギトギトと光沢を放っているだけの、へなへななものはよろしくない。
 ひとかじりしたときの、まずは歯で裂き、やがて茎へ至るにおいての、乾いた硬から汁滴る柔への移り変わりの激しさがあるほど素晴らしい。となるとやはり、竜田揚げほど衣を硬く乾いてあるものは少ないとなってしまう。

 衣こそ、生涯の仇と思わんばかりに力んで挑んでしまう。
 力むほど、至福も強くなろうというもの。

 どうにもそら言を繰るにまして、へその辺りがじわじわしてきた。

 ああ。

 池之端から三崎坂までのつもりが長くなってしまった。
 この間に中座して夜食はとったので、腹もほどほどにくちくなったので心配なきよう。

 それでは。



2008年02月10日(日) 押さば、腑に落ち、予感、願い

 昨日、「迷走中」と言葉にしてみて、

 ああ、なるほど

 と、あらためて腑に落ちました(笑)

 迷ったとき、がむしゃらにあがく場合と、いったん放り投げてみる場合とがあります。

 ……今回、放り投げてみます(笑)

 押せば押すほどに離れていってしまうものです。

 押さば引け、引かば押せ。

 男と女のように……。

 ……言ってみたかっただけです(汗)

 押すことも、引くことも、苦手です。もし押すとなったら……

 押さば押せ、引かば押せ。

 相撲道のようにしかできません。

 もとより、身じろぎすらできずにいるのが普段です……汗

 放り投げて、ぐいん読みました。

 あとがきに、さらっと、ただごとではないことが書いてありました。

 身内でもなく、なんの関係もなく、ただ一読者でしかないのだけれど……。

 わたしたちは、常に何かの終わりに向けて日々を過ごし、積み重ね、乗り越え、新しい始まりを迎えてゆきます。

 今日を無事過ごし、明日を迎えるために、今日の終わりに向かって、やることをやり、ともに時間を重ねてゆく。

 永遠ではないからこそ、愛しい。

 仕事も、終わりがあるからこそ、それに向かって進めてゆける。

 ……とは言え、図面書けました、はい終わり、というわけではなく(汗)、工事に入ります、出来上がりました、引き渡しました、で終わりでもなく(笑)、何年か経って「不具合はありませんか」などと、いつまでも終わることはないようなものなのですが……汗

 ともあれ、ひとつひとつの終わりに向かっているわけです。

 が。

 普段、わたしたちは目の前のそれしか意識しないで、明日という始まりにのみ見据えていられるわけです。

 終わりの予感を突きつけられたら……?

 わたしは、どうにもしようがないかもしれない……。
 やってみたいことを、殊更にやってやろうという気にはなりきれないだろう。
 やったことがないことをやる、というのは、それを明日に繋げるための行為だと思っている。

 だからその通りに、というわけではないだろうけれど……汗

 わたしはそうではないからこそ、うだうだとひとり毒吐きくだ巻き背を向けている。

 乗り越え、受け入れ、共にしてゆくことができるだろうか……?

 たとえ上っ面だけだとしても、内心は爪から血が噴き出すほどかきむしっていようとも、何事もない風で、いたい。

 ここでこうして吐き出している時点で、それは無理かもしれないけれど……笑



2008年02月09日(土) 「ミス・ポター」といヤーン

「ミス・ポター」

 をギンレイにて。
 親友の妹の次は、弟かいっ、てなぼやきが脳裏をかすめました(汗)

 ピーターラピッドの作家さんの物語、ですね。

 いやあ、ミス・ポター。
 チャーミングでした。

「印税で一生困らない生活ができますよ」

 というセリフに、

 ピクッ。

 としてしまいました……汗

 いやいや。
 劇中で、ふと残った言葉。

「物語の最初の言葉を書くとき……」

 ……。

 そう。
 あの気持ちはもう、まさに、

 筆舌につくしがたい、のです。

 ただ……。

 ただいま迷走中、なんです、わたくし。

 点と点が、点のまま。

 星座を思い描いた古代人が羨ましいです(汗)

 ぐいん最新刊・第119巻で、活路を見出します……。

 ヤーンのしろしめすままに。



2008年02月08日(金) 「走るじいさん」とどこも猿山

 池永陽著「走るジイサン」

 イケヨウさん、です。
 ジイサンが、走るんです。
 頭の上に、自分にしか見えない猿を乗せて。

 息子の嫁に、他人の女、を意識してしまった頃から、猿が頭の上に座り込んでいるのが見えるようになってしまったのです。

 女、といっても、

 自分や彼女が入った後のトイレに、すぐには入らない、入って欲しくない。

 とか、

 汗や加齢臭だらけの洗濯カゴの中に、彼女のものが小さく丸められたまま入っていたのをみた。

 といった類いの、些細な、当たり前なできごと。

 すばる新人賞受賞作、でした。

 うむむ。

 今のところ、「コンビニララバイ」のほうがわたしは好きです。

 デビュー作とその後数年経た作品を比べちゃあいけないだろうけど(汗)

 ドコモのCM、妻夫木聡・瑛太・蒼井優さんのやつを観ると、

 うおっ、上野動物園の猿山やんけっ

 と、猿つながり。
 わたしもかつて(お猿の)「ウッキー」でした……

 右から左へ、疑問も持たず考えなどせず、物事を進めること。

 今は……

 どうなんでしょう?汗

 頭の上を、見上げてみます。

 そこに、ほくほくとした顔で哲学げな顔して座り込んでいる猿がいないかどうか。

 ……!!



2008年02月06日(水) 「恋日記」といい男っ!?

 内田百�痢嵶�日記」

 これはもう、愛しくてたまらない気持ちになってしまいました。

 百�寮萓犬留�様となられる女性への恋日記。

 今日はあれした、笑ってくれた。
 顔すらだしてくれなかった、うたた寝する姿をみかけることができた。

 など、女性にしてみれば気色悪いと思われるかもしれないほど、些事に胸揺さぶられる男の胸の内。

 百�寮萓犬留�様は、親友の妹さん。

 ん?
 誰かさんは、おやおや気をつけろって?笑

 親友の家に足繁く通い、親友よりその妹目当てに通いはじめたりする。

 うむ。
 これは違ったから、安心したまへ……笑

 もとは苦手な科目の勉強を教えてもらいに親友のとこに、以外にもほぼ毎日顔を出していたなか、

「彼女をおいてほかに女性たるを思わず」

 と盲目に。

 えらいのは、

 今は勉強なるや。
 それこそがわがひとわが妻たるをなし得るなり。

 と、会いにゆくのをやめ、日記に記すこともやめ、受験を無事すませたのちに、婚約の話を打ち明けよう、と耐え、はたしたこと。

 ああもう、この段階で、むり。

 当時、妹さんからはまだなんの気持ちの答えももらってなく、好きのひと言も伝えておらず、ただなんとなく好意はもってくれている、そうに違いない、との思いしかない。

 どうであろうと気持ちを伝えてすぐさますっきりするか、いっそ、と蓋をしてしまうに違いない。
 晴れて百�寮萓犬郎覆晩犬襪海箸鬚呂燭后�

 天晴れ。

 後事はいろいろあったようだけれど、今はまだそのことは伏せておこう……汗

 さて。

 朝は小雪がちらり。
 そして、帰りは、雨。

「天気予報は、晴れ……
 なのにいつも、傘のしたく♪」

 なわたしのバッグには、傘が常備されています。

 ちょうど帰るタイミングが合った、ぺーさん……フロア内で、最も「いい男」と陰ながら囁かれている……と、エレベーターへ一緒に乗り込むことになりました。

 ほんとに、いいひと、なんです。

「帰りは、どちらなんですか」

 きゃー、先に話しかけられちゃった。

「千代田線ですね」

 うきゃー、返事の半歩先を返されちゃった。
 なんてスマートなのっ。

 外は雨。
 ぺーさんは傘を開いて二、三歩先に。

「じやあ、お疲れさまでした。わたし逆なので……」
「え、傘は?」

 振り向いて問いかけるぺーさん。

 わたしが向かう国会議事堂前駅と、ぺーさんが向かう溜池山王駅は、中で繋がっている同じ駅。
 何線に近いか、で改札を使い分けてるのですが……。

「これくらいなら、走っていきますから」

 健気な、はにかんだ笑顔で、答えてました。

 もしや、ぺーさん。
 駅まで傘に入れてってくれようと?

 きゃあきゃあ、よいひとすてきなひとすぎるっ。
 肩に落ちる水滴といっしょに、わたしも落ちちゃうわん……雫

 などと、あほなことを書いてみつつ(笑)、角を曲がって見えなくなってから、傘を取り出しさして帰りました。

 エチケットでしょう(汗)

 いやいや、わたしは、至極ノーマルです。
 くれぐれも、誤解なきよう。



2008年02月03日(日) 雪、豆、才?

 雪

 でした。目が覚めたら……汗

 雪の寺町、谷中・根津・池之端を堪能しようと、ぶらりと出かけました。

 やはり、雪降る神社でしょう、と歩五分の氏神様、根津神社へ。

 雪降るなか、やってました、

「節分祭追儺式」

 知らずに足を向けていた自分の、本能に感心(?汗)しつつ、始まりました。

 年男年女による豆まきが行われ、豆は殻付きの落花生、みかん、袋入りの菓子が、お囃子の流されるなか、寒空に舞う。

 わー。
 きゃー。

 と皆が手を伸ばし、伸ばすなか……。

 紙袋の口を思いっきり開いて向けている姿が……汗

 ええもう、わたしはそんななかにいるわけがありません。

 後ろのほうで眺めてました。

 と。

 ざしゅっ、しゅー……。

 と足元に投げられたお菓子が。

 上野風月堂のクッキーでした。

 せっかくなので雪を払い、ポケットのなかへ(笑)

 式の手伝いできていた消防のおじさんが、ほかにも後ろのほうにいたチビたちに、飛んできたみかんやらお菓子やらを「ほれ、もらってけ」とあげている姿が。

 嬉しいですね、こういうの……。

 不忍池のカモやユリカモメも首を丸めて縮こまっていました。
 弁天様に、

 ヤキモチ妬かせる相手か、

 それとも、

 芸能の才か、

 どちらかの力添えをしてみる気はないかしらん?

 などと、念じてみました。

 天候のせいで、御堂の扉はピタリとしまっていたものですから。

 タヂカラノミコトよろしく、こじあけるなんてことは、もちろんしませんとも(汗)

 神に祈って叶うだけなら、そんなものは無用。
 そんなお人好しより、己にあるなにかを、芽を出すきっかけを、己のそれを、見守るなり力添えするなりをのみ、願う。

 根拠のない願いは、誰だって勘弁。

 九十九パーセントまでの努力があって初めて、一パーセントの才を与うる。

 今、何パーセント?汗



2008年02月02日(土) 「自虐の詩」と泣きと凛と……

「自虐の詩」

 をギンレイにて。
 泣ける四コマ漫画として大ヒットを記録した業田良家原作。
 中谷美紀さん阿部寛さん主演作品。

 冒頭の三連発(?)卓袱台返しの見事さに、感嘆の溜め息がこぼれてしまいました。

 が……。

 次第に泣きそうになってしまいました。

 中谷美紀さんは、凄い、です。

 ナンバー・ワン

 です。

 この作品は是非、好きなひとと寄り添いながら、観てください。

 けっして卓袱台を前にして観ないように……笑

 今日はドクのところに行ってきました。

「フロムのやつは読んでみた?」
「新書サイズで千円以上するんですよ。パラパラと立ち読みしてみたけど、またにしました」
「へえ、古本じゃないの?」
「初版は昭和ですけど、まだ再版されてますよ。フロムのコーナーがあって、ほかにもいっぱい面出しで置かれてましたから……」

 フロムとは、エーリッヒ・フロムのことで、フロイトの話をしていたとき、フロムのこの作品がお薦め、と紹介された作品があったのです。

 まあ、いわゆる評論ですが、ナチズムがいかに心理誘導をしていたのか、をフロムが批評したもの、なのです。

「薦めはしたけど、進んで読むもんじゃないよ……笑」

 河合隼人(?)さんの話になり、心理学会の東西の話になりました。
京大派と慶応派がフロイトとユングのように(?)二大派にわかれるようです。まあ、そのまんま、というわけではありませんが。

 その流れから、ニーチェを薦められました。
 アポロン派とディオニソス派云々……と。

「お、文庫でもあるじゃない」

 候補に入れておきます……。

 振り返る東京タワーは相変わらず、凛としていました。

 凛と、していたいですね……汗



2008年02月01日(金) 「ゆらゆら橋から」

 池永陽著「ゆらゆら橋から」

 重松清プラス浅田次郎といわれた作風の著者、イケヨウさんです。

 たしかに「っぽい」ですが、純度というか重さが散ってしまっていて、インパクトが、野球の打撃でいうところの、

「からだの前(ホームベースの投手側)で捌く」

 往年の巨人軍篠塚選手のバッティングのようで、近年の打撃理論、

「体の前(ホームベースの上)で捌く(のせる、ねじ込む)」

 福岡小久保、シアトルイチロー、同城島、広島前田、北海道中田翔選手らスラッガーのバッティングのようなものとは違うもの……て、わかりづらいって?笑

 本棚代わりの三段衣装ケースが二つ、すでにパンクして溢れかえってしまっています。
 同じ衣装ケースを買い足したいのですが、近所の老舗「赤札堂」にはすでに在庫がなく、デザインも新しいものに変わってしまっているようでした……。

 ぐいんだけでひとつ、埋まります。

 続々発刊中ですから、さらに埋まってゆく予定ですから……汗


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