Leonna's Anahori Journal
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2003年08月31日(日) |
wire03行ってきた |
きのう。 寝不足気味の重たい身体を引きずりながら、行ってきました、wire03へ。
初めて武蔵野線、府中本町方面行きに乗車。南浦和でK嬢と落ち合って、さいたま新都心駅へ。軽く腹ごしらえをと、駅そばのロイヤルホストへ入ろうとしたら、入り口でいきなりロイヤル・ターリ(インド料理。早い話がカレーです)という大きなポスターに遭遇してドッキリ。
なぜなら。この日の午前中出勤していた私は、その帰り、昼食にまたしてもインドカレーを食べたばかりだったから。このあいだはマトンだったけれど、今回はキーマ。お皿からビヨーンとはみ出る巨大ナンを、ちぎっては浸しちぎっては浸し…ハフハフムハムハ、あっと言う間に平らげたのがほんの6時間位前。そこへまた色鮮やかなインド料理のポスターがドーンと現れたので、思わずオワッとなってしまった。
気をとりなおしてサイコロステーキのセットをたのむ。なんかこの頃、食生活が肉寄りに傾いているけど。ま、えーがな。 K嬢はサンドイッチとビール。「村上春樹風じゃああーりませんか」などとからかうも、ビンビール1本にコップがふたつ、お注ぎしましょう、いえいえまぁまぁ、はいお疲れさんなーんてやってるんじゃああんまり春樹風とも言えないか。
その食事中、私はここ数日ずーっと疑問に思ってきたことをK嬢に訊いてみた。
「あのー、いまパリの大会で活躍中の陸上選手のひと、ミにツヅくと書く名前のひと。あの人の名前はナント読むの。」
この時点でもうオカシイと、賢明なアナタならお気付きのはず。私が知りたかったのは末続選手の名前の読みかただったのだが、この時点ではまだ「未続」選手だと思いこんでいるのだ。要するに知らないだけでなく、はなから間違ってる。(でもって、ミゾクじゃあないしな、とか思ってた)
この世間知らずのチマリス(←なんか無垢な感じがする良い表現だ)の問いに、K嬢の答えていわく、「えっ、それ誰ですか。私も知らないですー」。 駄目だよ、結局、類友だよー。しゃーない、とにかく今はwireだ会場へ急げというわけで、読めない名前の話はそれきりになってしまった。
ここで、K嬢へ私信デス。 あのひとは未続じゃなくて、末続という名前デス。 でもって読み方は「スエツグ」!! 覚えておいて損はないとおもうよ。 以上。
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wire03、印象に残ったことを思いつくままに書くと…
まず音がでかい。だから振動がスゴイ。あの大きな会場全部がボディソニック状態。特に解放されていた二階の椅子席は、真面目に全席ボディソニック仕様なのかと思ったくらい。
ウェストバム(ドイツのおもろいオッサン。有名な人らしい)のプレイをステージ横、やや後方の二階席でしばらく座ってみていたんだけど。これがなかなか面白かった。だってフロアを埋め尽くした数万人が、ウェストバムの選曲、一挙手一投足にウワァァァーーー!と反応する様が、ほぼウェストバムと同じ視点から眺められるんだもの。ああなるともう、単なるDJではなく一種の英雄なのだなあと(そのときその場所では圧倒されながら)そう思う。集まっている人数がデカイから受ける印象も少しばかり異様なのだ。
ウェストバムが前半に響かせた低音は、まるで重戦車が何百台も集って踊っているみたいな感じだった。あれはあの規模のレイヴじゃないと体感できないものかもしれないな。
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あと印象に残っているのは、眠気との戦い。セカンドフロアの田中フミヤで踊っていて、ふと気付いたら棒立ちで意識が薄れそうになっている自分がいた(笑)。で、さすがにこれはイカンと二階の椅子席へ戻ってみたら、けっこう眠り込んでいるひとがいる。当然ながら私もカクーン!と眠りに落ちました。
それでねたり醒めたりしているうちに、朝の三時過ぎになったら急にお腹が空いてきて。何かあたたかいものでも食べようとテクテク歩いてフードエリアへ。この時刻になると、スーパーアリーナの長い長い通路は、いたるところに横になって眠るひとがゴロゴロ。三崎のマグロ状態。踏まずにあるくのが大変なくらい。
フードはけっこう充実していて、特にエスニックものは美味しそうなのがたくさんあった。私は迷わずタイ風ラーメン(米粉の平打ち麺と鶏挽肉入り)をチョイス。旨かった。あと串焼きのプルコギも。(朝の三時にまた肉かい)
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眠気と食い気と重戦車。これが私の初wireの印象。あまり役に立ちそうもない情報ばかりで御免あそばせ。 でも、夜明けのタイ風ラーメンは最高だったワ(まだ言うか!)
中田選手のパルマ残留が決まったようです。ラツィオからのオファーを正式に断ったそうだ。
ナカータ、来季もパルマ。 むーむーむー。 --
新しいモデムが到着しました。明日中に取り付けてもらう予定。 これでやっとダイヤルアップともサヨーナラーです。
(光ファイバーではなくて、またADSLですが) -- 22日以降のジャーナルを後出しでアップしました。 (下へスクロールしてみてくださいませ)
さて、いよいよあさってはwire03。 なのにその日の午前中は仕事があるんだ会社なんだ。うぇ〜ん。 ま、いいけどね。いざとなったら芍薬甘草湯があるしね、私には。
2003年08月27日(水) |
九州名物『しろくま』 |
今週の月曜日。
ちまりす掲示板で教えてもらった情報に基づき、会社でゲッツ君相手に白くまばなしをしていたときのこと。「羊羹入りの白くまがあるらしいよ。あとコーヒー味のもあってそれは黒熊というんだって」などと知ったかぶっていたらば。
「苺のもあるらしいっすよ。なんて言う名前かなぁ、苺熊?」
なんと。返す刀で切られてしまった。 -- それで、ダイヤルアップというハンデにもめげず検索エンジンで調べてみて、以下のサイトを発見。画像入りで解説も丁寧。白くまの人気のほどがうかがわれる。(苺熊らしきものの写真も)
しろくま図鑑 しろくま 2001-2003 しろくま同好会 --
ところで私は、「しろくま」というのはどこか特定のメーカーの商品名だ思っていたのだが、上記サイトをみて、九州名物の氷菓(主として、かき氷+果物+あずき+練乳)の総称であることを初めて知った。
もちろん元祖とか本家というのもあるのだろうけれど、どれかひとつのメーカーのものが本物で他のものがニセモノという訳ではないらしい。関東圏に生まれ育った私は、こういうことを今の今までまったく知らずにいた。
ふーん、ふーん、そうだったのか。日本は広いし、しろくまは深いのだなぁ。
はじめてネットオークション(easy seek)で落札した。
手に入ったのは『ボン書店の幻』という本。 少し前に正剛さんのサイトでみて、読んでみたいなと思っていたのだ。でも調べてみたら、もう普通に入手するのは難しい状態になっていた。
それで、古書で探そうと思いeasy seekで検索したら、1件ヒット。そのたった1件がオークションだったので、自動的にオークションに参加ということになってしまった。
ちなみにスタート時の価格は39円(何故こういう値段かはワカラナイ)。で、結局期間中「買います」と手をあげたのが私ひとりであったため、これまた自動的に、落札。39円でハンマープライス!
実際に払ったのは送料の280円と郵振手数料130円を足した、計459円。そして今日送られて来た本は、大阪府某市の私立図書館のリサイクル図書だった(分類ナンバーや除籍済のシールが貼ってある)けれど、安い買い物だったことには違いない。
それにしても、昭和の初頭の十数年間というのは(まだ生まれていなかったにも拘わらず)どうしてこうも懐かしい気持ちにさせられるのだろうか。これからうんと想像力を働かせながら「モダニズムの時代」について読む。
ベランダの下の排水口からのびた朝顔のその後。こんなになりました。
2003年08月20日(水) |
空を飛んで来た池澤本 |
サッカー、日本×ナイジェリア。
3−0で圧勝。めでたくジーコニッポン初勝利となった訳だが。だからといって今夜を境に「ジーコ流、約束事は作らない、選手の自主性におまかせサッカー」が認知されてしまったりするならば、それは全然おめでたくないことだ。
だいたい、今日のナイジェリアに勝てないとしたらそれこそ大問題、異常事態発生ではないか。 (その後、日本サッカー協会はナイジェリアに対して、ベストメンバーで試合に臨んでほしかったと苦情を申し入れたという)
今夜の試合で幸いだったのは初っ端に高原の豪快なシュートが決まって、観る側のテンションをいきなり引き上げてくれたこと。これで先に興味をつなぐことができた。
それから。高原も当たっていたけれど、遠藤って本当に大したパサーだ。(二点目を入れたときの彼の、落ち着きっぷりたるや見事) --
数日前、遠くに住む読書家の友人から「池澤夏樹の本を送りました。うちにあるよりあなたの所にあった方がいいと思うので」というメールが来て、今日その本が届いた。
包みを解くと黄色い表紙の『新世紀へようこそ』という本。しかも表紙を開けるとそこには青い万年筆による、池澤氏のサインが…。 しかし私が驚いた(ほとんど呆然としてしまった)のは、署名本だったというそれだけの理由からではない。
15日のジャーナルに、有楽町の三省堂で『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を買ったと書いたが、実はあのとき私は『新世紀へようこそ』を買うつもりで三省堂へ立ち寄ったのだ。
それで、書架から平台から一通りさらっと見回したが見あたらず、それでは『新世紀』はまた次の機会にとけっこうあっさりあきらめ、フイッと予定外の行動で『ライ麦畑』を買って帰ったのだった。
そうしたところが、なんと今日、書籍の方からはるばる空を飛んでわが家へ訪ねてきてくれたのである。あのとき、普通に本が見つかって普通に本を買っていたら完全にダブっていたはずだと思うと、さすがに少し不思議な気持ちになる。
いずれにしても、類は友を呼び、本も友を呼ぶのだ。素晴らしい書き手に、そして素晴らしい読書仲間に、感謝、大感謝。 -- ※『新世紀へようこそ』はこちらのサイトでも読むことが出来ます。
オリジナル・ラヴ『踊る太陽』ツアーで田島貴男がステージ上で初めて試みた演出について書く。
(ネタバレになるため7月5日のジャーナルには書かずにおいた部分です)
-- 田島貴男が試みたのは、ポエトリーリーディング(詩の朗読)。 読んだのは自作曲、『悪い種』の歌詞。 抑揚と緩急をつけて、朗々と、あの声で。なかなか堂に入った朗読だった。 同感しないもの敵だって 賛成しないもの敵だって 価値がないから踏みつけて 踏まれてもまだ生きる種 悪い種 おれは 悪い種
…私のなかに或る連想がおこり、波紋のようにひろがって行く。
飛んで墜ちて墜ちて飛んで舞い上がって吹き飛ばされ しがみつく杭はどこにもないさ 燃えて燃えて消えて燃えてまたもういちど幾たびでも 墓の中からつよく飛び上がれ! 幾たびでも、墓の中から。パレスティナ。アフガニスタン。それから… 墓石の摩天楼を駆け抜け逃げてゆけ 涙の雨 試す神 黒雲のドーム 雷 エコーエコーエコーエコー 祈り届け ヒロシマ。ナガサキ。ニューヨーク。それから、まだ、それから… 芽を出せ悪い種 灰に埋もれて 暗い土の中深く根をのばせ 深く深く深く深く深く深く いつか実を結べ -- 『悪い種』のあとにもうひとつ、世界的なパントマイマーで振り付師のリンゼイ・ケンプのワークショップで行われている実習テキストの朗読があった。これはたった今自分の人生が突然終わると仮定し、それをイメージする実習のためのテキスト。突然の、理不尽な死。そして再生。メメント・モリ。
ケンプのワークショップではないが、まったく別の場所で私もこの実習を体験したことがある。そのとき私は、擬似的死をうまく想像、体験することが出来なかった。それは、出来るわけがないという抵抗感が最後まで消えなかったからで、その思いは間近で母の死を見た今も変わっていない。
しかし、なぜいま田島が、このテキストを(『悪い種』の歌詞に続いて)読むのか、なぜメメント・モリなのか、その意図と気持ちは理解できたと思っている。演出は成功した、と、私は思う。
-- ところで、田島貴男は(実習は未知であるが)ケンプの来日ステージは観たことがあると言っていた。リンゼイ・ケンプ・カンパニーの初来日公演、『真夏の夜の夢』を。そうか。 実はまったく同じそのステージを、私も観ている。 1986年の7月。五反田の簡易保険ホールで。
インクレディブル・オーランドーという全盲の役者がタイターニアを演じて見事だった。チェンジリングを演じた類い希なる美青年フランソワは、ケンプがベジャールバレエ団から盗んできた男の子。そして当のケンプ本人はすでに人間の域を脱して、妖精(もしくは小悪魔)的な生き物になってしまっているように見えた。
ケンプはデヴィッド・ボウイやケイト・ブッシュの先生として有名だったから、きっとあの公演にはほかにも有名無名、多くのロックファンが駆けつけていたのに違いない。
夕方。
地震。グワラァッと大きくひと揺れして、おさまる。 マンションの一階のわが家があんなに揺れるのはめずらしい。ついに来たかと一瞬覚悟したが、それきりだった。
地震のあとしばらくしてベランダに出てみると、ほとんど真っ暗な中、足下の前庭に猫がいる。まっ白い、お姫様みたいにきれいな顔をした猫が、前脚を揃えてすわっていた。
急いで、猫用ドライフードの箱をとりに台所へ走った。いつ何時お腹を空かせた猫がたずねてきてもいいように、わが家にはカルカンブレッキーズ(フィッシュミックス)500グラム箱が常備してあるのだ。
ドライフードをひとつかみ下へ落としてやると、最初は驚いて逃げたが、3、4メートル行ってから振り返ってじっとこちらを見ている。私が見ていると食べづらいだろうと思い、部屋へ入ってサッシを閉めた。
夜。帰宅した家人に、今日、ベランダの下に白猫が来たよと言ったら、「ブレッキーズやったんだろう」と言われてしまった。バレテ〜ラ。 -- 今日もフランス語講座をみてしまった。パトリスとリヒトのお料理教室(実際にオレンジタルトを作る)が最高だった。 んもー、ほんとにパトリス・ルロワってけったいなおじちゃん。スキスキ、ダイスキ(笑) --
リンク頁に一件、追加しました。 グッドミュージックをハイファイで。にょりさんのとても素敵なダイアリです。
先週の木曜日からたった四日間の短かい夏休みでしたが、それも今日でおしまい。ずっとお天気悪くて寒かったけれど、「トーク・トゥ・ハー」面白かったから良しとする。地味、地味ー。 -- Jのセカンドステージが昨日開幕。 浦和のエメルソンがスタートダッシュ。でもそれよりなにより私が伝えたいのは…
モモコ、200勝達成オメデトウ!(チマリス愛のメッセージ)
ところで、マリノスへの移籍話が消滅して久しかったローマのカフー。なんか知らないうちに、ちゃっかりACミランへ完全移籍してたみたいです。 チマリスのあのアドバイス(人生は一度きり、よーく考えた方がいいぞカフー)が効いたんでしょうか。しかし、なんかそれって藁しべ長者みたいだぞ、カフー。
さて、残るはナカータです。メンディエタの移籍話いかんではラツィオ入り濃厚のようなのですが。いいじゃんラツィオで。上等だよ。とにかくパルマを出て欲しい!というのが私の勝手な希望なのですが。
(だって面白くないんだもん、パルマのサッカー)
インドアコートでテニスの特別レッスン。3時間。
レッスン中はそんなに感じなかったのに、終わって家へ帰ってきたら足も腕も重たい。疲労が小さなしこりになってくっついているような感じ。
-- きのう有楽町でクルミ嬢と会ったとき、久々にお茶を飲みながら“wireへの道ミーティング”を持った。そのときの会話。
「最近どうですか、はかどっていますか?」と彼女。「駄目よ。もー忙しくてさ、なんにもしてないもん。出たとこ勝負になりそうだわ、このままだと」と、私。するとクルミ嬢「ですよねー、仕事仕事で、時間ないですもん。私もサッパリですわ」。
彼女は前日、朝から横浜のアウトレットへ出かけたそうだが、一日歩き回って帰宅したところ、足が生まれたての子馬のようにブルブルブルブル震えて止まらなかったそうだ。
それを聞いて「あらヤダ、心配〜」などと笑った私。けれど実は私だって、少し冷房に直撃されただけで足の指とふくらはぎが痙攣を起こす。これが恐ろしくて、会社では毛布のような膝掛けを手放せない。寝苦しい夜だって足だけは絶対冷やさないように気を付けている。(でないと真夜中、激痛に襲われて七転八倒することになる)
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wire対策ももちろんあるけれど、少し真面目に足腰をケアしないとまずいのではないか。テニスをしながらそう思った。
数ヶ月に一度位、どんなにフォームやポジショニングが良くなっても、足腰をもう少しなんとかしないと、私のテニスはこれで頭打ちだなと思うことがある。レッスンが今日のように2時間を超えると、一時的に足がついて行かなくなることが、ままある。
まず第一に、毎日の疲れをできるだけ取り除いてやるケア。そのうえでストレッチやごく軽い筋トレを組み合わせてやる。…そろそろこういうことを普段から心がけないと、なし崩し的に老化してしまうのではないか。
私は年相応でかまわない、若作りしたい気なんか毛ほどもないのだけれど、かといって、放っておいたらこんな結果になっちゃいました的老け方もツライしな。すこし真面目にエクササイズしてみるか…
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それにしてもよく降るなあ。これじゃあまるで、秋の長雨。
(こういう日は、二十歳のときスキーで捻った右足首に力が入らなくなるんだなあ。あー…)
久々にクルミ嬢と会った。一緒に銀座テアトルシネマで『トーク・トゥ・ハー』を観る。
多くの人に絶賛されたこの映画、素晴らしい作品、感動作であることは間違いない。高尚なほめ言葉はいくらでも巷にあふれているので、ここではあえて、チマリスらしく。
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・女闘牛士役のロサリオ・フローレスが尋常でなくカッコエエ。いくらラテン系だって、こんな女、ありなのか。(私もクルミ嬢も一目惚れ)
・相手役のダリオ・グランディネッティというアルゼンチンの俳優。長身で知的で暗ーい目つき。ハリウッドではあまり見ないタイプだ。女闘牛士と並べてもぜ〜んぜん負けない男の色気。
・二人が演じる大人の感情(ビターで悶々)がとても贅沢だった。駆け引きではなく、正直だからこそより深く傷つくのだという当たり前のこと。それが大人のフェロモンムンムンのふたりによって演じられるというのが。
・劇中ライヴで歌われる、ブラジルの歌手カエターノ・ヴェローゾの「ククルクク・パロマ」。とにかくアタシCD探して買ってくる〜
・それにしてもスペイン。この映画の影の主役はスペインそのものなのだ。色彩と陰影。あのちょい露出アンダー気味な感じにグラッときた。
・結論。アルモドバルってやっぱりちょっと変。でも素晴らしい(特別な)映画監督。サイコーです、大好きです。
(こういう映画を観ると、もっと次々映画が観たくなっちゃうなあ!)
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帰りに有楽町の三省堂で購入した本。
「キャッチャー・イン・ザ・ライ」 D・J・サリンジャー/村上春樹訳 実は私、この「ライ麦畑」を読んだことがない。これ以外のサリンジャーは訳違いまで含めておそらく全部読んでいるのに。なんでだろー。
二十年以上前に買った野崎孝訳(白水社のハードカバー)も、多分もう手元にはないだろうと思い、この機会に村上訳で読んでみっかと購入した。最近こういう、自分で自分の禁を破るというのが続いている。
それで、醒めた目で読むホールデン・コールフィールドもまた一興か、などと思いながら帰って家の書棚をがさがさやってたら野崎孝版「ライ麦畑」が奥の方から出てきて。さすがに、醒めた目で自分自身を観察した方がエエのではないかと思った。
新訳版の巻末に、訳者の解説を加えようとしたら原著者(サリンジャー)の要請と契約の条項に基づき不可能になってしまった、ご理解いただければ幸甚です、ということが書かれている。あの隠遁者、あいかわらず陰で威力を発揮してるんだな。
でも、そのお陰で『サリンジャー戦記 翻訳夜話 2』が出せたのかも、という考えも成り立つのであり…(なんだかんだ言って、結局これも買って読むんだろうなという気がしている)。
NHK、BSプライムタイムを観る。『映像記録 昭和の戦争と平和』という番組。貴重なカラーフィルムでみる日本の戦前、戦中、戦後。 日本の文化や風俗、日常生活の様子もあるが、やはり衝撃的だったのは第二次大戦中の記録だった。
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目にも鮮やかなアジアの里の風景。青々とした稲田、まわりを囲む低い山。その田んぼの畦道を銃を手に走る米兵。あ、ヴェトナムだ、と思ったら沖縄だった。
兵隊ではない若い日本人の男がほとんど無抵抗のまま、無惨に撃ち殺される。一瞬のうちに重たい木偶(でく)人形のようになって斜面を滑り、どさりと土の上に落ちる。
女子供、年寄りの避難している防空壕の入り口から兵隊が何かをひょいと投げ込む。手榴弾。投げ込むとき、壕の入り口にかけられたむしろをサッとめくって放り込んだ。一、二、三、四、五秒後くらいに穴の中から爆音と爆風。生き残るすべは皆無だった。
森の中を逃げまどう人々。たとえば着物の前をはだけ、幼い子供の手を引いて走る母親。その森に容赦なく向けられる火炎放射器。生木でさえも燃やす炎は、生きている人間をみるみるうちに炭にしてしまう。
捕まれば残虐行為が待ちかまえているときかされていた女性。投降を呼びかける米兵の声に応じず、海沿いの斜面を走って逃げていく。やはり着物姿。これより先に逃げ場がないとわかると、あっさりと足から海へ飛び降りた。この女性も撃たれた男性同様、一瞬のうちに木偶人形となり、次のショットでは、浅い岩場の平たい岩と岩のあいだにうつ伏せになって浮いていた。
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アフガンやイラクに対する攻撃を非難している私も、以前は、やはりある程度は仕方がないのだろうかと思っていたことがある。 砂漠や革命や異なる宗教の国、つまり、あまりご縁のない遠い国で、運の悪い人たちがある程度の人数犠牲になるのは仕方のないことなのだろうか、と。しかし911とアフガン空爆のあとでは考えが変わってしまった。
あるいは、つい数十年前、この日本で自分と同じ日本人達が虫けらのように殺されていく様子をみたあとでは、多くの人が同じように考える(仕方ないでは済まないと考える)のではないだろうか。なぜならどう見ても、人間が一方的に戦争で(武器で)殺されるとき、それが何処の国の人間であろうと受けるダメージは一緒なのだ。恐怖、痛み、そして一瞬にして木偶人形となり果てること。
このフィルムでは日本人が殺されているが、同じ事をかつて日本人も、中国や朝鮮でやった。殺すのは悪いことだ。しかし、悪いことをした結果から学ばないのはもっと悪い。未だに(というよりもますます)多くの国で多くの一般市民が戦争の犠牲になっていることをどう受け取ればいいのだろうか。運の悪いひともいる、で、済む問題ではない。
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今回のフィルムが衝撃的だったのは、それが色鮮やかなカラーフィルムだったこと。劣化し、退色したフィルムにデジタル処理を施して色を再現したそうだ。
戦時のフィルムを観るのはこれが初めてではないが、どれも白黒の荒れた画面の物ばかりでまさに古色蒼然。映像にとどめられた事実を確認するのと同時に「でもこれは過去のこと」という印象も受け取っていたのだと思う。 それが、色彩を取り戻したとたんに生々しい現実となってよみがえってきた。その衝撃は、想像をはるかに上回るものだった。
このフィルムはもともと米国のカメラマンが国からの依頼を受けて記録用に撮影したものだった。それが発掘され、国際共同製作で番組が作られた。アメリカの国立公文書館など多くの機関から資料提供などの協力も受けている。 つまり、ここでジャーナリズムが訴えているのは、過去に残虐行為を行った国の告発ではない。貴くて、重たい映像。
台風が北へ抜けて真夏日の太陽が戻ってきた。 日傘をさして、横浜へ。
父親にそうめんを茹でて食べさせた。 薬味に、茗荷とオクラをたくさん刻んで入れた。
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しかしやたら汗が出る。7年くらい前に煙草をやめてから、夏、汗をかくようになった。それまでは血圧も体温も低く、暑さに弱いくせに冷房も駄目。よく炎天下を長袖で歩いては呆れられたものだった。 エアコンの効いた電車に小一時間ばかり乗って、降りようと座席を立ったとたんにクラクラ。あやうく卒倒しそうになったこともある。
それがいまでは、太陽あってこその夏、冷夏は寂しいと言うくらいにまで回復(?)した。人並みに大汗もかくし、冷房車も短時間なら半袖のままでOKだ。
よくオバサンになったとたん人が変わったように明るくなって、ドスドス大股で歩き回ったりガハハと大声で笑うようになったりする女性がいる。(いますよね?) 自分もその方向に進んでいるんじゃないかと、ちょっと心配になるときがある。
-- 電車を待つ時間に洋光台の書店で買った本。
「イラクの小さな橋を渡って」 池澤夏樹・文/本橋成一・写真(光文社) 「ブッシュのアメリカ」 三浦俊章(岩波新書) 「アメリカの理論」 吉崎達彦(新潮新書) 「きらきらひかる」 江國香織(新潮文庫) 「ホリー・ガーデン」 〃 ( 〃 )
池澤夏樹って、なぜか私にとっては取っつきにくい、わかりにくーいオジサンだったのだけれど「イラク戦争とインターネット」というTV番組でその人となりに触れて以来、なにやら親近感のようなものを抱くようになってしまった。
この池澤夏樹の本、冒頭には“結局のところ新聞は国際問題の専門家を自称する人たちの業界紙でしかない”と書かれている。つまり国と国(もしくは国連)とのあいだのかけひきの話は報じられても、それによって運命を大きく左右される普通の人々が取り上げられることはほとんどない。
それで、彼は出かけて行ったのだ。もともとイラク行きの当初の目的は遺跡をみること(雑誌連載中の文明論の仕事)だったのだが、それが時局をみて「もしも戦争になった時に、どういう人々の上に爆弾が降るのか」と考えるようになったのだという。
--
ところで。
一時期、私のこのサイト上での発言に対して単なる嫌米だの、平和主義(←蔑みのコトバらしい)だのとかまびすしかった人たち。日本に住む日本人、米国に住む日本人、携帯から何回にも分けて短文を送ってきた学生さん、その他。
こういう人たちはその後、自分の発言を検証してみたことがあるのだろうか。その後におきたこと、そして現在のイラク情勢(米国の動き)をどう思っているのだろうか。本の一冊も読んで考えてみたり、なんてえことはしないのだろうか。
ま、自分の考えを自分の意志で公にした結果おきたことだから、自業自得ってことで、ベンキョウさせていただきましたとしか言いようがないのだけれども。実は一時期、ノイローゼになりそうなくらい大変な思いをしていた私としてはイラク関連の本を読みながら、たまにそんなことを思ってみたりもするわけです。
昨晩。
一度食べたいと思っていた、参鶏湯(サンゲタン)を食べに行った。 でも食べてみた結果は、ちょっとゴメンナサイ、だった。 自分が食べているのがなんなのか(どこなのか)わからないというのはキツかった。
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きょう。
台風がきた。ソファもきた。最後にエムボマがきた。右足だった(Jオールスター)。
部屋の片づけが間に合わなかったため、とりあえずパソとテーブルの間に押し込んだ。 革のニオイが抜けるまでしばらくかかりそう。
タイトルをみて、清志郎〜!と思った貴方。ゴメンナサイ、RCとは関係ない話です。
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今週も月曜日の夜、NHKフランス語講座をみてしまった。リヒト君の吸引力はすごいデス(笑)
そうしたら、番組中のあるコーナー(フランス人にインタビューする)にドキュメンタリー映画の監督が出てきた。それで、その監督さんが撮った(と思しき)フィルムが流れたのだけれど、それがとてもきれいで生き生きとしていて、思わず画面に釘付けに。
小さな子供達が幼稚園だか学校だかで一緒に勉強する様子を撮したものだったのだけれど、出てくる子供達が皆自然で、とても可愛らしい。それになにしろ画面がきれいなのだ。細かい空気の粒子がキラキラしているみたいで。それでそのとき、強い印象を受けるのと同時に、こういうドキュメンタリー、フルでゆっくりみてみたいなぁと思っていたのだった。
ところが今日、会社で同僚から借りた『トーク・トゥ・ハー』という映画のパンフレットを開いてみてびっくり。ページの間にこれから公開される映画のチラシがはさまっていて、それがどう見ても、あのフランスの子供達を撮ったフィルムと同じものだったからだ。わーい、本当に、映画館で観られるぞー!
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というわけで。フランス映画『ぼくの好きな先生』。監督はニコラ・フィリベール。地味ながらとても素晴らしい映画です。必ず観にいきます。
サッカー選手の移籍シーズンたけなわ。
日本からは、つなぎ沢こと鹿島のヤナギが(やっと)イタリアへ。 続いて廣山望がポルトガルからフランス、モンペリエへ。 つい先だっては磐田の藤田俊哉が(ついに)オランダ、ユトレヒトへ移籍。 また鹿島へ帰ってきていた鈴木隆行は再びベルギーのハウスデンゾルダーへ移籍が決まった。
こうなると気になるのは中田の今後だ。彼は来季、いったいどこの国のどのチームでプレイするのだろうか。
最新有力情報では、ラツィオへの一年間のレンタル移籍が濃厚だという。 少し前にはミランだ、などという噂もあった。 先シーズン終了まもなくに流れた噂では、英国行きはほぼ間違いなし、チェルシーに決まるだろうなどという話も。これはなかなか魅力的なオファーだと思ったのだが、暫くしてこの話は消滅してしまった。
私は個人的に、中田にはパルマを出てどこかほかのチームでプレイしてほしいと思っているのだが。移籍のタイムリミットが迫りつつある現在、このままパルマ残留ということになるのか、それとも大どんでん返しでビッグな移籍が決まるのか(あるいは地味目の移籍になるのか)。気になる。すごく気になる。
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チェルシーといえば、ヴェロンがついにマンUからチェルシーへ移籍した。ローマのエメルソンもチェルシーへ。
チェルシーは各国の中堅選手に積極的にオファーを出して補強をはかっている。きっと、マンUからベッカムが抜けたこの機に、一気に頂上を狙うつもりなのだろう(要チェック)。
きょう。広島原爆忌。
そういえば武田百合子は生前、毎年終戦記念日には井伏鱒二の『黒い雨』を読むのだと書いていたっけ。
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先週からネットで探して、ジュネ関連の本を2冊買うことができた。
『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』 ジャン・ジュネ/鵜飼哲訳 『ジャン・ジュネ伝』 J・B・モラリー/柴田芳幸訳 ジャコメッティの方は普通にbk1で買えた。ジュネ伝は古書、easy seek で。この本はわりと出回っているようで、数冊の候補の中から最も安い2千円のを買った(定価は4500円)。
そして今日。easy seekから『恋する虜』が出たとのメール。ところがこの本、売価が9千円だというんだ…。払えないよ。いくらなんでも9千円は, 出せない。
ちょっとまえに3千円くらいで一冊出たんだけれど、出ると同時に買い手がついたようで私がアクセスしたときには売れてしまったあとだった。でも、めげずにもう少し待ってみることにする。復刊の可能性だってまだ消えたわけではないし。
『ジャン・ジュネ伝』は面白そうな本だ。全編に著名人の名前がちりばめられており興味深い(このひとジュネと接触があったのかと驚く)のだが、後半(最後の方)になると、ハムザ、モハメッドなど明らかにイスラム圏の人のものと思しき名前が増えてくる。
今週末ソファが張り上がってきたら、それに掛けて読む、最初の本にすると決めた。
豪雨で帰れないかと思いました。
--
FC東京×レアル・マドリー。
FC東京はがんばったと思います。 でもね結果は0−3。ベッカム、ソラリ、ロナウド、だった。
特に困りものだったのはロナウド。 ディフェンダー、ころころころころ転がされてるし。
(でもあのアタマは普通過ぎて面白くないと思うの)
きのう。
暑い。夏ってこういうんだったっけと訝りたくなるくらい、蒸し暑い。 めげずに午前中テニス。
-- きのうの夜。
ADSLモデムの調子が悪い。つながったかと思うとすぐに切れる。そのたびにカチッ、カチッという音。これでは何のためのADSLかわからない。イライラ。
家人がプロバイダーのサポートセンターへ電話をかけた。状況を延々と説明する。指示にしたがってあれこれ確認したり、試してみたりした。でも、何をやってもブチブチのカチッ、カチッなのだ。最後にモデムの設定をやり直すことになった。
そうしたらば。モデムをリセットした影響で、更新、アップロードしたHPの表紙がまっ白に。おまけにアップしたつもりのジャーナルも、私の知らぬ間にどこか大空の彼方へ飛んでいって(蒸発して)しまった。 ン、ンダァァァァ…!
原因はモデムのセキュリティーの設定だった。以前ADSLの会社を変えたときにも同じ、表紙まっ白事件があったのに…迂闊だった迂闊だったああー迂闊だった(いくら言ってももう遅い)。
-- きょう。
暑い。仕事、無茶苦茶忙しい。
そのうえ帰宅してみれば、モデム、あいかわらずカチカチ言ってるし(切れる頻度こそ少し減ったけれども)。
うーん、腹立つなあ。こうなったらわが家も光ファイバー導入だ、もいっぺん通信会社替えたるぞー
J1ファーストステージ、優勝は横浜Fマリノスだった。
めずらしく柔和な表情を見せる久保、“改心した”松田の優勝インタビューについホロリとしてしまうのは、チマリス、横浜育ちだからなのか。
-- ついに“旅する本”の旅が終わった。
ここ二年位の間、遠出のたびに鞄へ入れて出ては読まずに持ち帰っていた、ちくま文庫の『ヴァージニア・ウルフ短編集』。そのウルフの短編集を、とうとう今日、横浜の父の家へ向かう電車の中で読み始めた。
読み始めてみると、どうしてこの本をいままで読まずにきたのだろうかと不思議な気持ちになる。こんなに素晴らしい短編集を。
そしてもうひとつ、巻頭の『ラピンとラピノヴァ』という作品の感触が、江國香織の小説世界とかなり似ていることにも驚く。(登場人物は大人ばかりなのだが、漂う雰囲気は江國香織描く子供の世界を思い起こさせる)
これまでは私が本をあちこち連れ回したけれども、これからはこの短編集が私をヴァージニア・ウルフ本探求の旅へと誘ってくれるのだろう、きっと。
(あるいは一冊一冊の本には読まれるべきタイミングというものがあって、本自身がそのことをよぉく承知しているのかもしれない)
2003年08月01日(金) |
リメイク版『流されて』 |
きのう。
映画館にリメイク版『流されて』のチラシがあったので、あっ、やっとできたのかと思って一枚もらってきた。
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1年くらいまえ、ある監督がリナ・ウェルトミューラー監督の『流されて』をマドンナ主演でリメイクしようとしたところ、マドンナ側から、もうガイ・リッチー(マドンナの新しい亭主。新進映画監督)でリメイクが決定していると冷たく断られたという記事を何かで読んだ。 断られた監督(男性)は、そんなはずはない、この企画はもともと自分のものだったと怒ったが、まったく相手にされなかったらしい。
実際にどちらの企画が先だったかはわからないが断られた監督はマドンナに相当入れあげちゃってたのだろう。だからカワイソウな話には違いないのだが、しかし私はこれ、いかにもマドンナに似合いのエピソードと、感服してしまった。だって彼女にとってこういう話は勲章みたいなものなんでしょう?(小さめだけど)
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リナ・ウェルトミューラーの『流されて』は今から二十年以上まえの映画だけれど、2回以上見た記憶がある。 鼻持ちならない金持ちのマダムが、ちょっとしたアクシデントからいつも下男のように扱っていた船員と二人きりで無人島に漂着してしまう。タフな状況下で次第にふたりの力関係は逆転。そして…(これ以上はネタバレ)というストーリー。すごくよく出来た映画で、この一作でウェルトミューラーの名前を記憶している人も多いはず。
このとき船員役をやったのが私のだーいすきなイタリアの俳優、ジャンカルロ・ジャンニーニだったのだが、きのうのチラシをみてビックリ。リメイク版の船員役はジャンニーニの実の息子が演じているというではないか。
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ウーン、なんかこれ、ひっかかるなあ… どうせリメイクなんだから、この際中途半端なことせずにハリウッド俳優使って作ればよかったんじゃないの。どうしてマドンナに“本家”の息子なんかぶつけるのかなあ(確かに父親譲りのエエオトコはんみたいだけれども)。
それにこのリメイク版は本家『流されて』のほぼ忠実な再現だっていう。あの米国産マテリアルガールにイタリアの有閑マダムの(生来の金持ちだけがもつ)鼻持ちならない嫌ったらしさが出せるのだろうか。 (本家版ではちょっと変わった顔の女優サンが、とても見事に、官能的に演じていた)
こりゃ本家版との相違度チェックに“流されて”しまうのとちがうかなあ…
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結論: 私は観ない(ウェルトミューラー+ジャンニーニで大満足だから)
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