10月に入ったとたん、冷え込みが厳しくなったの。今朝はもう−9℃まで下がってるし。いやはや、すでに冬の天気になっちゃってる。それなのに、今朝はセントラルヒーティングがついてないんだから、一体どうしたものかと思うけど。昨日も紹介したように、ムースの住むアパートはボロアパートだからこういうことがよく起こるんです。って、慣れれば、どうってことなんだけどね。
ところで、重低音騒音だけど、まったくなくなってくれて、本当に快適。やっぱり気持ちの問題が1番だったかな。何でかっていうとね、今日はうるさくなのかなって毎日気にしちゃってたし、少しでも音が聞こえると、まただぁーって思ってたし。それに、外からドンスカ音が聞こえるたびに、この音はどこから来てるんだろうって耳を澄ませて、音の出所を確認してたから。だから、ちょっとした音に過剰に反応しちゃってたのね。それにすっごく敏感になってたし。でも、今となりには誰も住んでないし、絶対に音が聞こえてこないってわかってるから、すっごく楽。本当に精神的に楽になったなぁ。
今日ね、ふと思い出したことがあるの。今から20年くらい前の話。ムースが叔母のところへ遊びにいったときにちょっと話してくれたことなの。ムースのいとこが幼稚園に行き始めたころ、叔母は毎日、幼稚園から帰ってきたいとこに向かって「今日は何があったの?」って聞き続けたんだって。そうしないと何があったかわからないからって。でね、そうやって話をさせる習慣を身に付けさせていったんだって。当時はムースも子供だから、そうなんだって思って聞いていただけなんだけど、今思うとなるほどなぁって思う。そうやってコミュニケーションの仕方を教えていってあげるのもいいことだなぁって。ムースも今では話をし始めると止まらない方だけど、子供のころはほとんど話さなかったと思う。話さなかったっていうより、話ができなかったかな。記憶の中には親に向かって一生懸命話したって記憶もないから。それに母は当時働いていたから、幼稚園のお迎えはいつも祖父がしてくれていたの。で、いつも黙って祖父のあとをくっついて歩いてた。でも、口を開くと祖父にはわがままばかりで、いいたい放題だったかな。でも、基本的には誰とも話しが出来ないでしょ。だからいつも1人で遊んでた。自分で決めて行動を起こさないと何もことが始まらないからね。
話がちょっと飛ぶけど、ムースが料理をするようになったのも自分が生き抜くため。それと他の人がうらやましいって思ったら、自分でやらないとどうしようもなかったから。子供のころって、やっぱりスパゲッティーとかハンバーグとかカレーとか、そういったものを食べたいじゃない。でも、ムースは祖父母と住んでいたし、祖父も父も必ず晩酌をする人なので、晩のおかずといえば、煮魚とか焼き魚、お刺身、野菜の煮物、おひたしなど、小料理屋さんの出てくるようなものばかり。ムースにとって、こんなイヤはものはなかったなぁ。他の人が、昨日の晩はハンバーグだったとかカレーライスだったとかって聞くと、とってもうらやましかった。でもね、それを母にいったところで、作ってくれる訳はなかったし、出されたものを食べなさいっていわれておしまい。だからムースにとってご飯の時間は苦痛のときだったの。お茶碗に盛られたご飯を食べれば、とりあえず、食卓からは開放されたからね。子供のころはいつも黙ってご飯を食べてたなぁ。ただ、やっぱり他の人の食べたものがうらやましいじゃない。だから自分で包丁を持つ以外は方法がなかったような気がする。そんなんだったから、家庭科の授業で料理をやるときは楽しみだったけど。当時はそれが唯一、自分の存在価値を感じるときだったから。いつだったか、担任の先生がムースを見て驚いてたこともあったかな。
で、話を戻すと、誰ともお話が出来ないから、いつも自分でやるしかなかったの。でもって、黙ってることが多かったかな。話をしていいかどうか、いまだにわからないもん。どこまで話をしていいかわからないもん。でね、相手が何もいってくれないとわからないから、相手の顔色ですべてを判断するの。いつも怯えてるようっていわれようが、そうしないと生きて来れなかったから。だから今でも顔色を伺いながら生きていくってことに関しては何とも思わないの。ただ、それは避けたい。やっぱり話をしたいんだ。ムースが話をするのが下手だから、だから今は人の話を聞こうと、いつも努力してる。ただ、それもどうもうまくいかない。それに時には話したいときだってあるじゃない。でもね、ムースが何をいっても伝わってないやって思うと、悲しくなってくる。何をいっても聞いてくれないんだってしか思えないから。子供のころと一緒かな。
人の話を聞こうと思っても、何も話してくれない人もたくさんいるじゃない。見てればわかるでしょって感じで。でも、見ていてわからないこともたくさんある。わかったつもりでいても、わかってないこともたくさんある。勘違いしてることもたくさんある。だからたくさん話をしてもらいたいかな。ただ、だからといって、叔母がいとこに向かってしたことを、大人に対してやったら、みんな怒るでしょ。だからできないし。話をしても聞いてもらえず、話を聞きたくても話してもらえず。相手が何かをいうときは相手が怒ったときだけなのかな。でも、相手の人はムースの親じゃないし、叩かれることはないから、それだけでもマシかな。去年のように、誰ともひとことも口を聞かず、1人家で篭っているのがムースに合った生き方なのかな。
もう、どうしたらいいかわからないや。人とコミュニケーションをとれないだなんて欠陥人間だし、生きている価値なしって感じ。昔いわれた、人間として欠陥あるよって言葉、今になってよくわかったかも。 |