| 生まれつき斜視だった私は、小さいころ、よく手術を繰り返しうけては、そのたびに入院していた。いきつけの病院に大阪まで毎回通っては検査をうけにいったり、手術をしていた。二歳くらいのころは、小さいので全身麻酔をかけられていたが、それが嫌で嫌で仕方が無かった。手術室へ行くエレベーターの中で嫌だ嫌だと泣き叫び、親とは離されひとりで手術室へむかった。(もっともそういう記憶があるのは少し大きくなってからだが)そして、麻酔をかける前、先生達は「ガムのいい匂いがするよ〜。すぐ眠くなるからね〜」って言う。でも私は何回も受けているからそんな匂いじゃない事がわかっていた。そう、ゴムの匂い。しかもものすごい。すごく嫌だけど、本当に一瞬で寝る。それが自分でも分かるのだ。あとは終わったあとまで記憶はない。 そして小さいので一週間かそれ以上くいらい入院する。大部屋で同じくらいか少し上の子供ばっかりがいる。面会の時間がきまっていて、夜になるとお母さんとかは帰っていく。そのとき、こうフロア全体のドアってのがあって、子供ばっかりのフロアね。そこのドアがしまると人は面会にはこれない。だからそこがしまるのが寂しかった。食事もなんかわかんないものだったし、(おかげでだいぶやせたらしい、覚えてないけど)ベッドも柵がつけられてたし。落ちないように。あの柵しめられるのも嫌だったこと覚えている。そのとき私より少し年上の人が入院してて、よく可愛がってくれた。たしか女の子二人。それだけが心の救いだったような。。そんな大げさじゃないけど。 そんなこんなで退院は嬉しかったような気がする。何より家族とか学校の友達とかに会えたのが嬉しかった。 まあそれを何回か繰り返しておそらく片目につき上下左右(筋肉の)で、合計8回は少なくとも手術した。 で、そのずっと通っていた病院は移転になり、当時小学校六年だった私はついに卒業のときがきた。といっても、移転したらより遠くなるのでやや無理に卒業とおいう形になった。嬉しかったけどね。でも、最後に一回手術した。いやだったけど、大きくなったので日帰り手術になった。(全身麻酔いらないから)しかも10分くらいで終わるとのこと。で、その最後の手術はよく覚えている。何しろ部分麻酔だったから話し声も何もかもわかっていて、何より怖かったのは、目を開けると動いてるのが見えた。針とかナイフとかは見えないけど何かが動いてるのは分かった。ぼんやりとしたものだけど。でも、私は目を開けたと思っていても、麻酔だからあいたままなんだけどね。でも、怖くて閉じようとしたら、閉じた気もした(笑)まあ曖昧だけど、カチャカチャした音だとかははっきり覚えている。かといってトラウマとかはなってないけど。 それ以来何の手術もしたことがなくて、手術室も入ってないし入院もしてないので今、いくとどんな気分になるのかわからない。もう入院したいとは思わないけど、なんとなく懐かしい。 二十歳になったとき、まだ斜視が気になるようならもう一度本当の最後となる手術をしてもいいといっていた。実際まだ斜視あんまり治ってないからやりたいなとは思ったりしないでもない。でも、斜視は本人と親とかじゃないとはたから見た場合はわかんないらしい。でも、私は昔から気になって仕方ない。今でも毎日毎日思ってるけど。ただ斜視のおかげで(?)右目左目使い分ける事が出来る。何の役にもたたないけど。顕微鏡みるときくらいかな(笑) 入院のことなんてずっと忘れてたのに、何で思い出したかというと、昨日新聞で斜視の話を読んだから。斜視って結構多いらしいけど、実際あったことはない。 |
| diary |
| 2003年01月19日(日) |
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