2006年01月28日(土) |
【春色は、青だと四月の風は言う】 第5話-02 |
第5話 祐希の日記02-02
――――――――――――――――――――――――――――−・ 7月6日(水) 盗まれたスクール水着を捜し出せたら、そいつが犯人ってことにしておこう。 ――――――――――――――――――――――――――――−・
日に日に小島が暗くなっていくので、それに伴って俺は日に日に八方ふさがっていく訳である。 どーすりゃいいんだ。今更見つけたとは、言えるはずもない。 教室にいても、ついついため息が出てしまう日々だ。あーもー。 授業中から休み時間に至るまで、心休まる時がない! どうしようどうしようどうしようどうすれば!? 思い悩んでいる俺の横で、クラスの女子が何やら騒ぎ出した。 気が散るから騒ぐのはよそでやってくれ。と、正直思ったりもしたが、その表情が想像以上に深刻そうだったので、ちょっと気になって耳を傾けてみた。 「確かに持ってきたのに……」 「うん。だって朝持ってたよね、私見たもん」 ロッカーを漁ったりしているところをみると、何かが無くなったようだ。 なんだろうかと思っていると、いつも大抵無表情で、何考えてんのかその言動からもさっぱり読めない篠田が、小島とともに僅かに眉をひそめて立っていた。 「どした?」 小島だけでなく、なんで篠田までテンション下がってんだ。 「水着が無いわ」 「あ?」 「また盗まれたわ」 確かにさっきの時間の数学は移動教室で、この教室には誰もいなかった。盗まれていたとしても不思議はない。が。 「また?」 またってなんだ。初めてじゃないのか? 「結構頻繁に無くなるのよ」 ……そんなことを無表情で言われてもなぁ。 「落としてきたとか、家に忘れてきたとかじゃねーの?」 「スカーフを? 使いかけのノートを?」 「……盗られてんのか」 「だと思うわ」 それって結構一大事なんじゃねーの? 先ほど横で騒いでいた女子にきいてみると、買ったばかりの色つきリップが無くなったのだという。その前はバレッタとかいうものが無くなったらしい。響きが武器っぽいけど、さすがに武器は持ってきてないだろうから、俺の知らない何かだろうと思う。 さらにその前には、お気に入りのシャーペンも無くなっているのだとか。はじめはどこかでなくしたのかと思っていたが、こう頻繁だと盗られているとしか思えないのだという。 「篠田も?」 「そうね。スカーフに、ノートに、今回は水着。小島さんは、体操服と……」 「体操服!? 言えよ、そういうことは」 「……だって、勘違いかもしれないし」 小島の言葉に、「ねー?」と、クラスの女子が賛同する。 「だいたい、盗る理由がわかんないし」 「変質者とか?」 「やだ、きもーい!」 耳に響く高い声がはもる。……正直、うるさい。 「でもそれだけ多種多様に渡って被害があるってことは、変質者というよりは、あれかも」 いつのまにか隣に立っていた沢木が、何か考えるように呟いた。 「あれ?」 「ネットオークション」 なるほど。じょしこーせーぐっずか。可能性としては確かにありそうだ。 話を聞いてみると、今日はうちのクラスで水着が2着消えているらしい。体操服や水着が消えるようになったのは最近のことらしいから、小物で味をしめた犯人が、大物に手を出し始めたと考えるのが、確かに妥当かも知れない。 ……ふん。盗めそうな人間で、妖しい人間、か。 俺の脳裏に、とある人物の顔が過ぎった。 ついでに妙案も過ぎった。 「どこ行くの?」 教室の出口に向かう俺に、沢木が驚いて声をかける。 「犯人探してくる」 「心当たりでもあるの?」 「ある」 あの、小島にぶつかった挙動不審の3年生だ。 3年生なら、既に受験カリキュラムで動いているから、講座の取り方によっては授業中の犯行が可能なはずである。……それにあの紙袋も妖しい。 「……授業は?」 「さぼる」 「随分とやる気満々だね?」 「渡りに舟だからな」 「は?」 「気にするな」 顔を疑問符で覆っている沢木に、とにかく先生には適当に言い訳よろしくと言い置いて、俺は一路、社会科準備室を目指した。 そうだ。渡りに舟なのだ。 小島の手帳も、盗まれたことにするのだ。 俺は決意する。 盗まれたスクール水着を捜し出せたら、そいつが犯人ってことにしておこう。 濡れ衣だと言うかも知れないが、そんなことは、俺の知ったことではない!! 階段を駆け下り、チャイムを無視して図書室の方へ走る。と、なんとタイミングの良いことか、例の挙動不審男が、紙袋をかかえて、やっぱり挙動不審な様子で社会科研究室に入っていく所だった。 息を潜め、足音を抑え、影が磨りガラスに映らないようにかがんで、扉から中をうかがう。 中には一見真面目そうな生徒が4人。そのうちの一人が、挙動不審男である。 一人の生徒が挙動不審から紙袋をひったくるように受け取って、中身を広げる。 大当たりだ。水着が数着と、小物が色々出てきた。 両サイドで見守っていた残りの二人が、途端に目の色を変えて、「篠田のを俺に!」「おれはこっちを、二千円で!」などと騒ぎ出す。 ……コレが同じ学校の先輩だと思うと、ちょっと頭が痛くなる。 が、しかし。コレこそまさに、渡りに舟、渡りに舟!! 「これはダメだ。ネットに流す。その方が、あがりが良いだろ?」 リーダーらしき男が言い切って、ノートパソコンに指を走らせる。 渡りに舟、渡りに舟。っつーかこれはもう、紛れもない現行犯だろう! 思わず漏れる笑いとともに、豪快に扉を開けて教室へと飛び込んだ。 言っとくけど、俺は、見た目通り、ケンカは強いぜ? 蹴散らせ、殴り飛ばせ、半殺せ! 一撃で鳩尾につま先蹴りと、軽くステップで切り返して金的とで、雑魚二人を撃沈させたら、テンションが高くなってきた。 逃げ出す挙動不審は無視して、リーダー格の男に飛びかかる。 最近の頭脳派ってのは、ほんと、筋肉をないがしろにしすぎだぜ。 軽く引き倒して、うつぶせに転がし、腕を背中までひねってその上から踏みつける。 「肩の骨、鳴らしてやろーか? ボキって言うぜ。ボキボキって」 泣いて許しを請う様を見下ろして、力入れちゃおっかなーと、ちょっと凶暴な気持ちになったところで、タイミング良く携帯が鳴った。 沢木だった。言い訳ではなく、盗難の被害届を先生にしたのだそうだ。で、今どこにいるんだ、という内容だった。 素直に場所を告げて、ぐったりしている3年生たちをさらに締め上げて、そうこうしているうちに、教師やってきた。 教師に連れていかれる3年生達を見送りながら教室へ向かうと、沢木達が心配そうな顔で俺を出迎えた。 「犯人、殺してない?」 そんなへまはしない。 冗談っぽくたずねる沢木に笑って答えながら、思い出して小島に声をかける。 そうそう。渡りに舟渡りに舟。 「これ、お前の? さっきの教室に落ちてたけど」 とかなんとか、それっぽいことを言いながら小島に手渡すと。 「それ、すごくすごく探してたの! ――ありがとう!!」 ものっすごく感謝された。 ……ものっすごく、良心が痛んだ。 でも、まあ、いいんだ。中は見てないし、悪いことはしてないはずだ。 これで、小島も元気になるだろう。 ほんと、手帳ってやっかいなものだよな。 俺は、多分、一生手帳なんて付けようと思わないだろう。 小島の安心した横顔を見下ろしながら、強く強くそう思った。
→ 06.そもそも夏休みとか気の抜けている期間に大量の課題をやれというのが、間違っているのだと叫びます。 へ続く。
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