この世界には、可視分光の数だけ世界があるらしい。 レディ・ダァリアが歌う彼方。光の船がたどり着く先。 あまたある可視分光を仮に七色分光と定め、光の船で、無数に分けられた並行世界を巡る旅人のことを、我々は虹渡りと呼ぶ。
目の前を、色とりどりのコートに身を包んだ子供達が駆け抜けていく。 白く雪に覆われた森に、船を隠してきた私は、その子供達のあとを追うように、ゆっくりと街の中央に向かって足を進めた。 屋根も、街も、空さえも、雪に白く埋め尽くされている。薄暗い夜の街。 所狭しと、肩を寄せ合うように列んだ小さな家の群れ。その家々の窓からは、暖かな光が漏れている。 街灯に浮かび上がる子供達が残したであろう足跡を目印に、十字路を右へ曲がると、不意に視界が開けた。 広場だった。 真ん中に高い柱が立てられ、そのてっぺんにはランタンがゆらゆらと火を抱きしめている。 その柱を取り囲むように立ち、少年達はお喋りに花を咲かせていた。 ランタンの火が、少年達の影を白い地面のスクリーンに映す。 放射線状に広がる影は、まるで、私が旅する可視分光を思わせる。 ふと、その中の影がひとつ、輪から飛び出した。 「おじさん、誰?」 紺色のニット帽を目深に被って、白い手袋をはめた少年が、私を見上げる。 「虹渡りだよ」 「虹渡り? 何それ、曲芸師かなんか?」 「似たような物だ」 「ふーん」 よくわからないというように首をかしげたが、それ以上の興味はわかなかったらしく、すぐに視線を戻した。 「君たちはここで、何をしているんだい?」 問いかけると、何を当たり前なことを聞くのだろうといわんばかりの表情で、 「花火を待ってるに決まっているじゃないか」 「花火? 花火はしかし、夏の物だろう?」 考えて首をひねる私に、少年はますますあきれた顔をする。 「何を言ってるんだおじさん。新年と言えば花火。花火は冬の風物詩じゃないか!」 少年は自信を持って言い切った。 「ほら、魔法使いがやってくる」 少年の言葉に視線をあげる。 広場の片隅。なだらかな上り坂の上から、金と銀の髪を持つ少年が二人、ゆっくりと広場に向かって降りてくるのが見える。 「ゴルダとシルヴィーだ!」 ランタンを取り囲んでいた少年達が、口々に歓声を上げた。 金色の髪に、前髪の一房だけを赤に染めた少年が笑顔でその歓声に応える。 銀色の髪に、前髪の一房だけを青に染めた少年が、無表情のまま、軽く手を挙げる。 その姿に、私は昔耳にしたおとぎ話を思い出した。
遙か昔。そう、私と同じ虹渡りに聞いた話。 火薬が胡椒に変わってしまう魔法を掛けられた世界で。 その魔法をかけた魔法使いに、花火だけは例外にして欲しいと頼み込んだ少年達がいたという。 彼らの熱意に魔法使いは応え、彼らに打ち上げ花火を与えた。 けれども貴重な花火はやがて、心ない金持ちの大人に取り上げられて、空に打ち上げられることなく、屋敷の奥へとしまい込まれてしまった。ひとつしかない花火は、打ち上げたら無くなってしまうからという理由で。 少年達は、やがて大人になり、年を取り、そして、結局花火を見ることなくその生涯を閉じる。 けれども、その少年達の子供は、花火を決して諦めなかった。その子供も、そのまた子供も、花火を求め、やがて何代後かの少年達が、強突張りな金持ちの屋敷から花火を盗み出してきたのだ。 それは雪の降る年の瀬のこと。 傷まみれになりながらも、大切に大切に花火を運んできた少年達は、しかし、花火の打ち上げ方がわからない。 悩んだ少年達は再び、魔法使いに願う。 花火とは、空で咲いてこそ花であろうと。 そして魔法使いは、年に一度だけ、花火を作り、空に打ち上げる約束をしたのだという。
そんな昔の冒険譚。 その魔法使いは双子で。金と銀の髪を持っている。 金の髪に、一房の赤。銀の髪に、一房の青。 彼らこそ、世界から火薬を無くす魔法を掛け、年に一度だけ花火を打ち上げる魔法使いに違いなかった。
金の髪の少年が、ゆっくりと、天を指し示す。 銀の髪の少年は、両手をコートのポケットに突っ込み、空を見上げる。 その指先と、視線に促されるように見上げた空に。 まぶしいほど色彩豊かにきらめく大輪の花が、大きな破裂音と共に、冬の空を埋め尽くした。
「ハッピーニューイヤー!!」 「ハッピーニューイヤー!!」 少年達が手をたたきながら口々に笑顔で叫ぶ。 そうか。新年であった。 虹渡りをしていると、季節の感覚というものがなくなってくるのだ。 そうか。また、新しい年が始まるのだ。 新しい世界を始める時が巡るのだ。 魔法使いから、花火をもらった少年達のように。 その花火を盗み出し、街に花を咲かせた少年達のように。 ここに集まった少年達もまた、自らの手で何かを変えていくのだろう。 白く雪に満たされた世界の中で、私はランタンの火を、胸にともされたような感覚を抱いた。
空は瞬く間に静寂を取り戻す。 きらきらと、空に残像を残す花火の跡を見つめながら。 ふと視線を下ろすと、金と銀の魔法使いと目があった。 意味深に見つめる瞳には、私と同じ色を見る。 移りゆく世界の中、悠久に流れ続ける時の中で、立ち止まって空から眺めるものの瞳。 彼らもきっと、おそらくは。 金色の笑顔と、澄ました銀色の瞳に見送られながら、私はそっと、きびすを返した。 いつの日かまた、この世界の未来へとたどり着くこともあるだろう。 その時には、彼らと話をしてみるのもいいかもしれない。
この世界には、可視分光の数だけ世界があるらしい。 レディ・ダァリアが歌う彼方。光の船がたどり着く先。 あまたある可視分光を仮に七色分光と定め、光の船で、無数に分けられた並行世界を巡る旅人。 そう、我々のことを人は虹渡りと呼ぶ。
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