2004年09月25日(土) |
お題バトルVSJINROさん&メェさん |
お題:ご飯・遅刻寸前・犬・朝霧 制限時間:1時間
タイトル「黒い犬と朝ご飯」
目覚まし時計のベルがなる前に、目が覚めた。 ここ最近では珍しいほど、清々しい目覚めだった。 連日の残業で疲れ切っていた体が、嘘のように軽い。体を起こしても、まるで重力を感じないほど、自分の動きが滑らかだ。 大きくのびをして、ベッド横の窓を大きく開いた。 朝霧が立ちこめている。灰色のビルが並ぶ街を、乳白色のベールが優しく包み込んでいる。その柔らかな景色に、思わず嘆息する。早起きをしたことで、こんなに美しい風景に出会えるとは。まさしく早起きは三文の得だ。 ところで、いったい今は何時なのだろう? 外はすでに光が射している。それほど早朝というわけでも無さそうだ。 サイドボードの上に置いてある目覚まし時計を見る。そこで、行動が一瞬止まった。 AM8:01 デジタル表示の時計は、確かにそう時を示している。 慌ててテレビをつける。朝8時から始まるワイドショーのオープニングが流れている。 時計が狂っているわけではなかった。 一瞬、今日は何曜日だったかと考え込む。思い悩むまでもない。火曜日だ。 なぜなら昨日、不燃ゴミを出した。不燃ゴミの回収日は週に1回。月曜日だけだ。 会社の休日は土日完全週休2日制。関連企業の都合上、祝日は出勤だ。 今日は火曜日。もちろん、仕事だ。 仕事は8時半から始まる。現在の時刻、まだ辛うじてAM8:01。 間に合うには間に合うが。しかし、遅刻寸前だ。 会社までは徒歩15分。大丈夫。走れば余裕だ。ご飯を食べさえしなければ。 いつも、朝食はきちんととっているし、朝はご飯と決めているので、トーストをくわえながらダッシュで出社などということはできない。熱々ご飯をおにぎりにしている余裕は無さそうだ。 即座の判断で朝食は諦め、身支度に入る。 急いで髪を解き、顔を洗い、トイレに行き、水を飲み、スーツに着替え、鞄を手に取り、玄関で靴を履き。 扉から出かけたところで、何かにスーツの裾を引っ張られた。 引っかけるようなところはなかったはずだが。と思いながら振り返る。 そこで、再び行動が止まった。 黒い大きな影が、スーツの裾を引っ張っている。 犬だった。しかも、目つきの鋭い、ドーベルマンだ。トゲトゲした厳つい首輪が、威圧感をそそる。 なんで犬が居るんだ。犬なんか飼っている覚えはない。 ましてや、こんな室内飼いには到底向かないような大型犬、部屋の中に居ること自体がおかしい。 混乱する自分に向かって、スーツから口を放したドーベルマンが言葉を発した。 「朝食は、きちんと食ってから行け」 すごみのある、低い声。黒く鋭いシルエットにぴったりの、威圧感のある言葉。 「や、でも、仕事がありますし……」 ヤクザに絡まれて言い逃れをしているかのような低姿勢で、なんとかそう答えると、 「お前は、仕事と朝食と、どっちが大切だと言うんだ?」 鋭い眼光を、より光らせて、ドーベルマンに詰め寄られた。 仕事に決まってるだろう。朝食1回抜いたところで、どうということないだろう。 心ではそう反論するものの、恐ろしい犬を前にしては、もう、声さえも出せない。 「飯を食え。ご飯は偉大だ。エネルギーのもとだ。米無くして、日本人はありえない」 きっぱりと言い切り、犬はスーツの裾を力強く引っ張る。革靴を履いたまま、キッチンまでひきずられ、炊飯ジャーを前に、鼻先で「さあ、飯を食え」と、強く押された。 時計に素早く目を走らせる。デジタル時計の表示はもうAM8:19となっている。 もう、本当にギリギリだ。全力疾走しなければ間に合わない。この犬を振り切って走っていって。犬に捕まってなどという言い訳、社会で通用するはずもない。 決断は、まさに1秒を争った。 「わかったよ。食うよ。朝食は大事だもんな」 観念したようにそう言って、炊飯ジャーの取っ手に手をかける。 ドーベルマンは、判ればよいのだというように、頷く。 今だ。 炊飯ジャーを取っ手ごと振り上げ、勢いよく犬の頭に打ち付ける。 「きゃううん」 と、威圧感のある姿に似つかわしくない程の可愛い悲鳴を上げ、犬がよろめく。 一瞬、罪悪感が心をかすめたが、今は何より出勤時間が最優先だ。 犬の横をすり抜け、勢いよく家から飛び出した。 全力疾走。足がもつれるのにも構わずに、力一杯走る。 犬に朝食を食えと迫られて遅刻。そんな言い訳、社会では言い訳にもならない。 走る。走る。とにかく走る。息が切れる。喉の奥がひりひりして、吐き気がこみ上げてくる。だが、もうすぐだ。あの角、あの角を曲がれば、会社が見える。 勢いよく角を曲がり。 俺は何かにぶつかった。 「朝飯は、食え」 低いうなり声とともに、ドスの利いた声が足下から響く。 馬鹿な。いつの間に先回りしたというのか。 黒い、鋭い眼光を放つ犬が、恐ろしい瞳で睨み付けている。 やむを得ない。 急いできびすを返す。回り道になるが、別コースから。 2歩走り出したところで、前から、黒い犬が姿を現した。 「朝食は大切だと言っているだろう」 地響きのようなうなり声。気が付けば四方八方から聞こえてくる。 まわりを見渡して、愕然とした。 後ろにも。横にも。壁の上にも、車の下にも。 犬、犬、犬。黒い犬が、影のように取り巻いている。 「飯を食え!」 その影達が、そう叫びながら一斉に飛びかかってきた。 衝撃が走る。体が突き飛ばされ、地面に落ちる。
その痛みで、目が覚めた。 目覚ましのベルがけたたましく鳴っている。 ベッドから落ちたことを悟り、誰もいないのを承知で、照れ隠しに頭をかく。 なんだか、凄い夢を見ていたような気がする。 首筋に、大量の汗をかいていた。 目覚ましを止め、窓を開ける。外には朝霧が立ちこめている。 珍しく穏やかな、優しい光景に、俺は深く息を付く。 キッチンから、ご飯の炊ける良い香りがしてきた。タイマーを、起床時間に炊きあがるようセットしてあるのだ。 のそりと起きあがって、キッチンへ向かう。 朝食は大事だよな。誰にともなく呟く。 時計を見た。AM8:01。 仕事がある頃なら、真っ青になっているだろう時間だ。 だが、今はその心配はない。 なぜなら、今は無職だからだ。 朝食を食べない日々。残業が続く日々。 その日々の中で体調を崩し。そのまま仕事を辞めたからだ。 穏やかな朝。ご飯の香りに包まれながら。 俺の1日は、ゆっくりと始まった。
おわり
夢オチですよ……。卑怯技ですよ。 初戦で夢オチ。初戦だから許してよと言い訳しながら。 タイムリミットまであと7分。45分で約9枚。 改行が多いし、一人称ではありますが。 久しぶりに書く文章にしては、そこそこのスピードで書けたのではなかろうか。 と、無意味な部分で自画自賛。 メェさんと、JINROさんの作品を楽しみにしつつ。ひとまずアップしてみます。 どうでも良いけど、タイトルなんとかなりませんかね。(自分でつけておいて)
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