嗚呼猫は - 2003年11月08日(土) 『あぁ猫は 一度やったら やめられない』 ってCM、昔ありましたよね。 今日はまさしくそんな気分でした。 則ち、半日猫とまったりしてました。 むぎのうろうろする床に寝そべったりヒモで遊んだり、 胴輪(もどき)着けてベランダに出してみたり(現在室内外で将来的には外猫)、 そのまま庭に出してみたり。 そしてまた室内で遊んだりうとうとしてきたむぎに付き合ったり…。 まだ外は好奇心の対象ではあってもちっとも落ち着けない恐い場所のようです。 ベランダに出した時は速攻で部屋に戻ろうとしましたしね。 庭ではたぬき(の墓前)、にむぎを紹介しました。 たぬき、は子猫が家にいることは嫌がっていたけれど、 むぎのことはきっと許してくれるよね?--と。 同時に、これからお前のことは忘れていくね、と宣言したようなものだと思います。 人間も、忘れていく生き物で、忘れることは生きていく為のちから。 たぬき、がいてくれたこと、たぬき、がくれたものはこの心身に染み付いているんです。 そしてそれは、きっと遺るものなんです。 だから、思い出すことが減ることや記憶がセピア色に褪せていくことは許してね。 …と、こんな感じで。 お前がこの庭に還って、その土に芽吹いた草木がお前を取り込んで、 その草木が生み出した新しい空気を自分が吸う。 それを感じることはできないけれど、お前は何度でも還ってくるんだよね。 ヒトが意識できる狭い世界の外では、確かにお前はいるんだよね。 それって自分にとって、すごく幸せなことなのかもしれない、と思いました。 -
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