昨日に引き続き… - 2003年10月31日(金) 今日もトリブラ新巻でペテロ萌えしてました。 シスター・パウラとの会話のシーンがツボすぎです。 冷静で頭脳明晰な副局長(=パウラ)に難しい話をされても さっぱり理解できない頭の容量の少なさ、 自業自得の重傷でコミカルなまでに呻く姿、 そしてお馬鹿でも自分の信念貫くその意気、 部下への信頼と開けっぴろげな笑顔。 このお馬鹿な漢が可愛すぎるんです。 活躍自体は今回なかったんですけどそれでも満足です。 …もはやほとんど主役達そっちのけですね自分(笑)。 でもどうでも良かったって訳ではないんですよ? ただあんまり喋るとネタバレしまくってしまうし、 単純に異端審問局の二人と比べるとちょっと霞んでしまっただけで。 …とまぁ、今日の授業は昨夜の幾らかの夜更かしによる眠気と 続きが読みたくても読めないもどかしさとでいつになく上の空でした。 1、2限の講師の方々、前から3列目で船漕いでてすいませんでした。 でも地震には目が一度は醒めたんですよ。 そんな状態ではあったのですが、最近センター現代文の授業が面白くありません。 “理系”対象の講座な分、苦手としている生徒がいるという話なんですが、 その所為で解説がくどいばかりで深くないんですよね。 しかも問題があんまり難しくないのでタメになっている気もせず。 それだけならまぁ、適当に流すのですが、 今日の評論の問題が嫌いだったんです。 なんか芸術と天才の話だったんですけど、大雑把にまとめると 日常に芸術的価値を見いだせるのはその才能を生まれながらにして持つ天才だけ。 天才だけが芸術家になる。 凡人は努力してもせいぜいがその天才達の創造物を理解できるようになるまで。 芸術家(=天才)は凡人とは全く違うのだ。 ってな内容なんですよ。 これの著者は絶対に知ったかぶりのただの卑小な凡人に過ぎないと思いました。 と言うか、その程度の存在でなければならない、と思ったんです。 これは、色んなヒトの想いを根底からぶち壊すものだと。 確かに、自分が何かを表現するのはちょっとした趣味にすぎないかもしれません。 でも、そうやって嘲るように否定されるとハラも立つんですよ。 こんなものセンター(共通一次時代)の問題文になんかするなよ。 と思いっきり反感抱きつつの授業だったのでした。 来週(木曜?)には調査書の申し込みの為に母校へ行きます。 もうこんな時期なんですねー。 部に行く気に満ちていることは言うまでもありません(笑)。 -
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