振り返ると。 - 2003年06月25日(水) 自分が過去に出会った人を省みる時、その人達には必ず共通点があります。 それは、自分が「ありがとう」と「ごめんなさい」を言いたい相手だということです。 今よりずっとガキな頃は、今以上(?)にまわりの人達に迷惑をかけまくっていて、 そのことに対してほとんど無自覚でした。無自覚に虐めの域に入っていたかも。 それで、たまに、相手への負荷の結果が外に現れると、物凄くばつの悪い思いをしてました。 申し訳ない、気持ちと一緒に。 でも、その気持ち分をその人達には伝えずじまいになってしまっていて。 なのに、その人達はそれ以降もそのことを水に流して接してくれました。 今はもう出会うこともない人達だけれど、時々思い出す度に、言いたくなるんです。 「壊したり傷つけたり泣かせたりしてしまってごめんなさい。」 「そしてそんな自分の相手をしてくれて本当にありがとう。」 実行に移すだけの度胸はないんですけれど。 多分、そう心の中で言うことで、なにかを自分に言い聞かせているんです。 でも、せっかくそんな経験をしているのに、 今度はカタチを変えて同じことをしてしまっています。 たくさんの好意を無下にしてしまったり、不快感をまき散らしたり。 また、「ありがとう」とたくさんの「ごめんなさい」を溜め込んでしまっていて。 文字でしか、関わることでしか、その気持ちは伝えられないのに。 何も言わないままで現実を過去にしてしまおうとしています。 今まで会った人達の分だけは、ちゃんとしないといけないのに、と思うのに。 S君やN君やM君に与えてしまった負荷の分だけ、自分は成長しないといけないのに。 TさんやSさんや、もっと色々な人にまた負荷をかけている。 精算しなきゃ、自分自身が嫌なんでしょう?ねえ。 「言ってるだけじゃ始まらない」って言ってるだけじゃ、始まっていないでしょう? 『人間は、その身に矛盾のひとつやふたつくらい、持っているものだと思う。 或いは、もっとたくさん。 でも、あなた自身のほんとうからはどれも矛盾していない。 そんな感じがするのだけれど。』 今日、ふと考えたコトバ。“あなた自身のほんとう”は魂と言い換えても可。 これの真偽の程を論じる程には具体化をしていないのですが。 -
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