…のつもりだったのですが私は何故かこうして銀之丞の前にいます。 現在in新居です。机は移動したのに椅子だけ忘れてちょっと高くて小さい椅子に座っているので非常に腰と尻が痛いです。 で、何故こんなに早く新居にいるかと言うと何故か電話回線が今日から切り替えになったからです。それならPCも移動しないとただの重い箱ですからね。 そんなわけでネットも出来るようになってます。でも回線がよく切れるのは相変わらずです。設備のせいじゃないのかも…>微妙に私信 本格的な荷物の移動はこれからです。というか既に「このままじゃテレビが部屋に入らない」という事態になっています。 前途多難です。
昨日今日と神棚や仏壇の移動をして、お祓いも済ませました。 そのお祓いをする際に、とっても悲しいことが… お祓いをするために、日記に何度も登場している時間にルーズな僧侶が家周辺を見ていたのです。 時間にはルーズだけど霊感は強くて結構いろんなものを祓えて風水や家相にも詳しい彼は、庭にある桜の木を見て一言。 「この位置だと気の流れが悪くなるから切るか移動した方がいいよ」 それを聞いたウチの父、ソッコーでその木を切り倒してしまいました。 バカ〜! 移動すればいいって言ったのに何で切るんだよ!! 「木を移動するのなんてどれだけ手間と金がかかると思ってるんだ」 …確かにそうだけど、いい木だったのになぁ。「来年のGW辺り(北海道の桜の開花時期です)は自分の家で花見できるかも〜。ライトアップの設備欲しいなぁ」とか楽しみにしてたのになぁ… かなりヘコみました。ガックリです。 悲しかったので若い枝を数本もらって水に挿してます。もし根っこ出たら今度は切られそうにない場所を訊いてそこに植えよう。 でも、そんなことをしたところでそれが成長して花が咲くのは両親どころか私までもがいなくなった後でしょうけど。(T_T) そんな私の悲しみようを見て母が一言。 「そのうち新しい桜を植えようよ。佐藤錦でも」 『花より団子』ならぬ『花よりさくらんぼ』のようです。
それにしても…亡くなった伯母も例の僧侶の檀家だったはずなのに、どうして彼は伯母には何も言わなかったんでしょうね。 僧侶だけでなく、伯母の死後にいろんな人に「この木を庭木にしちゃいけない」だの「この位置に木の陰を作ってはいけない」とか言われて、それまで林のようだった庭を随分改革したのです。 …でも、どうして伯母が生きている間には誰も指摘しなかったんでしょう? 信心深い人だったからそんな風に言われても「この庭はこうじゃなきゃダメなの」と意固地になるようなことはなかったはずなのに… ウチの家族全員それが不思議でならないのです。
|