のぼせてしまうくらい暑い空気。 ふらふらと海に泳ぎに行ってもいいかもね。 でも今日は昼からお仕事だよ。 清ヶ浜は・・そんなに澄んだ青ではなかった。 まだまだ、夏はこれからなのに。 6月中には泳げそうな予感がしてきた。 ぜったい泳ぐ。 明日でもいいかも。
ときどき思うのは、 早く一人ぼっちのまんまで どこへでも行ってしまえばよかったって、 そのほうがなんにもない私らしくて、 いいような気がする、ということで、 矛盾する気持ちが共生する不可解な心象。 一人だと得も言われぬ寂寥感というものが なにかしら生活のそこここに潜んでいて、 それは本当に耐え難いもので、辛いですけど。 それなのにそこに美学的なものさえ 見出してしまってるんじゃないかというのは、 単に夢見がちなだけでしょう。 いいえ、しかしまだ自分というものを見つけてない。 このままで終わらせてはいけないとは、 どこかで思っているけれど、 尖った気持ちが削れていくのは否めない・・ なんでこんなこと考えるんだろう、 そのまま流れていってもいいのかなぁ。
一人でぐずぐず思い悩んでいるほうが 自分らしいな、、、 誰かが草臥れた仕事帰り、 とぼとぼ歩いて帰るんだろうなと、 想像して思うのがすき。 何にも接点のない中で、 綺麗な夕焼けを見つける人を思うのがすき。 女の子友達で集まって別れた後、 フランス語教室に行く人や、陶芸教室に行く人や、 一人になって自分だけの時間を過ごす人を思うのがすき。 ・・とにかく、自分以外の人が羨ましいのかな。 自分が嫌いなわけでもなくて、 そういうふうになりたい願望があるわけでもなくて、 なんだかよく分からないけど、 そうして回っている地球がすごいな、 と思うのと同じような、尊ぶ気持ちです。 自分はちっさい存在だってことを いつも思っていたいな。 小さくて、絶対的な存在の自分だから、 世界中の誰かのことをいつも素敵だと思っていたいな。
“痛めつけなくてもこの身は いつか滅びるものだから甘えてなんぼ”byウタダヒカル 人生とは苦しきことのみ多かりき、 だとしたら一瞬だけでも楽しいこと嬉しいことが 多いほうがいいですよね。 そういうふうに思えるように努力して、 そういうふうに状況を持っていけるものならば、 人目を忍んででも、尽力するべきですよね。 どんなに悲観的な状況でも、一人で淋しい状況でも、 自分の気持ちが安定していられる場所を目指せるように、 客観的に自分を見られる目を忘れなければ大丈夫。 思いを貫くとか、耐え忍ぶとか、全部無理しなくてもいいよ、 自分の気持ちに素直になって苦しかったらやめてもいいんだよね。 すこし勇気がいることだけど。。。 “自分の幸せ願うことわがままではないでしょ”再ビbyウタダ 周りに迷惑かけない程度に、バランスとって、 (そこが難しいところだけど・・) もっと自分を大切にしてあげてもいいときがあるのだと思うよ。
・・とか、うだうだ思うのであった。 あ、今週からYUKIちゃんweekに入ります。 YUKIちゃん、いいぃ〜(* ´Д`*)=3 でも来週はすぐくるりだ。
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