へんな夢を見た。 まぁ夢なんていつもへんなものだから、 そんな範疇からすれば いたってふつうの夢ともいえるけど。 今朝は起きるべき時刻より 17分寝過ごして、 その浅い眠りのあいだに はっきりと覚えている夢をいくつも見た。
どこかの駅の改札付近で モノクロの写真を撮ってたら、 自分の目で見ている世界自体 モノクロになっていく、 お土産屋も通行人も 写真を撮ってあげてる人たちも、 改札のほうから入ってくる光も、 だんだんセピアのように色褪せて、 ぜんぶモノクロになっていく ・・っていう夢。
なにかの本を立ち読みしているときにあったけど、 モノクロの写真ばかりとっている人の文章で、 モノクロの写真ばかりとっていると、 対象を色で見るのではなくて、 光の諧調で見てしまう・・みたいな主旨だったと思う、 目線があたまの中身がモノクロ仕様になっているの。 それがあたまに意識せず浮かんでいた。
駅もお土産屋もその文章とは まったく関係ないけど、 夢は忘れかけていたことを ひとつひとつスポットで映し出す。 ぐるぐるまぜて、その表面に偶然巡って来たものを 灯篭の光がうっすら映し出すみたいに、 スクリーンで見せてくれる。 記憶の中のちょっとしたでっぱりとか、 ささくれたとことか、うれしくてはみ出したとことか、 そこから引っ掛かって、 大きくなって、かと思ったら反転して、 別の何かと脈絡なく融合して光って、次の夢へ。 夢を言葉で描写するとこんなかんじ。
ほかにも寝る直前まで見てた イタリアとフランスのサッカーの試合の影響か、 二つの国の国旗が出てきたり、 セザンヌのアトリエのおっきな窓の影響か、 四方がすべてガラス窓の明るい部屋が出てきたり、 ん〜、浅い眠りはこの2,3日の記憶の夢かな。 もすこし深く入ったとこの眠りは すごい昔の記憶なんかも 呼び起こされたりしてるのかな。
私ってどれくらい昔の記憶をもってるんだろ。 今思い出すことの出来る限りでは、 2歳くらいの、奈古のほいくえんで おかあさんに抱っこされてるときの記憶。 そうやってことばに出来ないことでも、 私のあたまの中には、昔の記憶って眠ってるのかもな。 きっと忘れてないはずだよ、と、 根拠もなくそう思えてきた。だって なんだかそれってすてきなことだよね〜。 自分のいちばん古い記憶、 みなさんはいつのどんな記憶を持ってるデスカ??
今日はなおき君の誕生日です。6さい。 生まれたときからずっと見ているので、 もうこんなに大きくなったんだなぁと しみじみしてしまいます。 自分の子供でなくてもこんなに 思うのだから、 自分の子供だったらどうだろうと 思うこのごろ。 記憶の話しついでにさらに話しますが、 私が6歳の頃の記憶って、 けっこうたくさんあるから、 きっとなおきも、今、保育園のこととか、 この前の奈古の花火のこととか、ずっと先、 大人になってもまだ覚えているのかもしれないね。 覚えててくれたらいいなぁ。
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