カンラン 覧|←過|未→ |
手にしっかりオレンジ色の実を握り締めて その人は戻ってきた 話をしながら歩いているうちに きれいに磨き上げられてまるでつくりもののような てかてかひかる柿の実 食べてみて と言われたので 断った途端 その人はがぶりとかじって ひとこと 甘い と言った 甘いのならばとっくに道行く人によって 食い尽くされているはずだろう そんなふうに思いながら歩きつづけると その人は定期的に言う 食べてみて と 結局空が暗くなりはじめた頃に ベンチに座ってかじってみることになった 口がわからなくなった 自分に口がついてるのかさえわからなくなった しびれた 腹をたてながらしびれた口で黙っていると その人は 一瞬だけだけど甘いだろ と言った 黙りついでに思い起こしてみると こんなことをされたのは今まで一度もなかった 自分がたべて やばい と思ったものを私にすすめてくる人は 今までひとりもいなかった なので私もはじめてのことをしてやろう と思って 数日後その人に会ったときに しぶ柿事件について思ったことを全部 きれいさっぱり吐き出してみた 口をしびれさせる柿をぺっ するみたいに たいていのことをするりと流す私がつぎつぎ吐き出すことばに そういうこと言うんやなぁ とその人はおどろいていた そういうことを言った私自身もおどろいていたためか 一緒に転げそうになるぐらい笑って 涙を流した 二度と道端の柿なんて食べたくないけど 笑って流す涙は すっとして気持ちよかった
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