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2005年04月26日(火) |
絶対服従命令…その22/第4回目プレイ<エドゥアルトで新たなシナリオが…依頼失敗!キア、神に敗れる> |
エドゥアルト:愛するあなたと別れるのが僕の贖罪なのかもしれない―
涙、また涙。今回は無茶苦茶泣けました。号泣〜〜><。。 エドゥアルトで依頼失敗の巻、です。もちろんCがついたわけですが…Cランクにも失敗とそうでないのとがあるらしい…。 で、考えたのですが…どうも、ABCのランクのそれぞれに複数のシナリオが隠されている…?ひー。もうネタは出尽くしたかと思えたエドゥアルトシナリオにあらたな展開が…。 前に出たCランクは、エドゥアルトの死で迎えた結末…(最悪><)で、これには失敗マークはつかなかったはずです(二度と見たくないので確認のしようがない)。
しかし今回出たシナリオは、それ以上に重すぎでした。
贖罪(しょくざい)とは、罪のあがないのことです。自分の犯した罪を償うことを罪のあがない、贖罪、と言います(ここは聖書の解説所ではないぞ><)。
こいつを、エドゥアルトは、
<イエス・キリストのようにこの命を神に捧げることができないのなら、僕は命の次に大切なものを神に捧げる>
そうすることで、贖罪しようと言うのです…これが、キアとの別れを意味する。キアとの出会いは、自分の贖罪のためだったと、別れるために出会ったのだと悟るわけです…
エドゥアルト:神はこの愛を犠牲に罪をあがなうことを啓示されたのでしょう。
キアにはもうわけがわかりません。すっかり傷ついた様子。なおもエドゥアルトが言う:
エドゥアルト:神よ。どうか、愛しい人を傷つけた僕の罪をお許し下さい。
で…ここが泣けた><。。エドゥアルト、そういいながらも「あなたを愛してます、これからも愛し続ける」と言い…そこであの台詞があるのです:
エドゥアルト:だから、僕を忘れないで―
そうか…このセリフ(公式サイトさまのサンプルボイスにあります)、ここで言うか…(号泣。。 イヤ、マジでここで大泣き。エドゥアルトの悲壮な決意が思い計れる…。 別れるために出会った…最愛の人に。こんな哀しい解釈ってある?
(ここからはちょっと真剣に信仰の話になってくるので、苦手な方はすっ飛ばしてください)
デリケートな信仰の話になってくるので、誰にでも理解できるシナリオではないな、これは…と、思いました。私は泣きましたが>< それは、エドゥアルトと同じような思いは私も実はしょっちゅうあるので。何か悪いことが起きた時「これは神の試練だ」(それによって、自分は神に愛されている、と感じる)、何かを取り上げられた時「これが私の贖罪だ」…などなど(このシナリオを書いた人はきっとクリスチャンなんだろうな)。
それでも私はエドゥアルトほど一途でもないし思い込みも激しくない、ましてや神の考えは我々ちっぽけな人間にわかるはずもない…という考え方があるので(御心を求めて生きることは俗世においてこそ必要と思うのですね)、エドゥアルトの考え方には反対です。むしろ、私はキアが言う
キア:俺が神に教えてやるよ。この関係は罪などではない。これが真の愛の形だとな。
という言葉に励まされています(神に教えてやる、なんてのはおこがましいが、いかにもキアらしいのでこの際許す〜)。
ゲイだからってことが神に対して罪を犯している? んなこと思わない。でなきゃ自分だってこんなサイト(ゲイエロ展開中のオリジナル)やってない。 炎多留とだって出会えなかった。わたしゃもっと真剣だ。
キア:神は俺の大切なものを次々と奪っていく。
結局キアも、意識下にある「神」という存在から逃れることができない。
スティーブン・キングの「ザ・スタンド」だったかで、とあるキャラが、僕は神など信じていない、と言うと、 「それでいいの。神が、あなたを信じているのだから」 と言われたのを聞いた。そういうことか、と思った。まさにキアがコレにあてはまる。
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