早瀬の呟き日記

2006年12月15日(金) 大人になる

友人は殆ど中堅(企業規模の話ではなくて、新人ではない、の意味)社会人である。
彼女らを見ていると、日本で大人になることは要するに社会人になることとイコールなんだなあ、と思う。
まず、社会人になると他人に対して期待値がものすごく下がる。
「座右の銘は性悪説」と言っていいくらいに下がる。
学生時代というのは「仲良くなるかどうか」の人間関係が基本だが、社会人は「悪意を免れるかどうか」レベルにまで下がる。
体育会系が企業で生き残れるのは、この「悪意」に耐性があるからだと思われる。いや、あれは悪意ではない、鍛錬だ、というかもしれないが、その区別は曖昧である。いじめとからかいの境界のように。
この耐性がない人間は、「甘い」と糾弾される。この糾弾が年次的にドミノ倒しされて企業風土というものが出来上がっているようだ。つまり、「俺のした苦労をお前もしろ」という理屈である。「君はそのままでいいよ」とは誰も言わないのである。「えんがちょ」を次々に移していくようなものだ。抽象的にはこれを「呪い」と言う。
このような風土で生き抜くには、コミュニケーション能力がいる。
コミュニケーション能力は、「人はわかってなどくれない」ことを受容して初めて身につく。なるほど、欧米のロゴス優位な自己主張文化はこうして生まれたのだな、と、日本人はようやくスタート地点に立つわけである。

などと適当なことを述べてきたが、もちろん、非常に人間関係がうまく行っていて働きやすい職場もあるだろう。そういう職場ではきっと労働が呪いではないのだろう。

別に大人になることに否定的というわけではないのだが、あまりに人間に対する期待値が低いというのも、悲しいよな、と思う。


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琳 [MAIL]