| 2006年11月16日(木) |
「命の大切さ」は教えられない |
などと書くと良心的なオトナの方々から怒られそうだが、少なくとも説教してどうにかなるレベルの問題ではない、というぐらいの認識は持ってもらいたいと思う。 たとえば、夜回り先生こと水谷修先生のような、苛酷な体験をした人が「説教」(というか彼は語りかけるのだが)するなら、説得力はある。 HIVに感染した少女のあの死の様相を聞いて、「命の大切さ」を感じない人間はほとんどいないと思う。それくらい重い話だった。 だが、彼以外の人間が語ってはたしてあれほどの説得力を持つかどうかは、わからない。 要は、「感じさせる」以外にない。
自殺を一概に責める気はない。 ただ、「もうこれしか一発逆転の方法はない」という心理でやるのはやめた方が賢明だとは思う。 逆転なんて、そこにはありはしない。
というか、なんでいじめに回る奴をちゃんと指導しろよ、という声が少ないのか。 私が子供の頃、いじめが報道されると必ず槍玉に上がったのがバラエティ番組だった。あれは、ある種の見せしめ的いじめをショウとして成立させている。だから、「それを子どもがまねをする」というわけだ。そういう指摘はさすがに「古臭い」と思われているのかもしれない。 芸人はやる方もやられる方も仕事だからいいが、実生活でそんなショウをやるのは、単に品性下劣なだけである。
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