| 2006年10月30日(月) |
今の教育に足りないもの(仮) |
覚書というかメモにつき、後日修正する。 先日とあるラジオ番組でリスナーの意見を募っていたのがこのテーマ。 そりゃ「予算」だろ。 金を使わずにどうにかしようと思うのが間違い。 学年・学級の解体をいじめ根絶の方法として佐藤亜紀氏が挙げていたが、これができないのは金以外の理由では考え付かない。 教育はサービス業だが、ボランティアではない。
それと「いじめ」という単語を使うのはやめたらどうか。 その内実は暴行だったり脅迫だったり名誉毀損だったり窃盗だったりするわけだろう。 「いじめ」なんて呼ぶから、被害者は死ぬまで我慢し続ける。 学校という空間に近代の宿命として潜在する軍隊体質をどう消滅させるか。
さて、本屋で「亡国のイージス」の原作を斜め読みしたのだが、仙石のキャラがちょっと違っていた上、奥さんに逃げられていたり面倒くさい人間ドラマがかなり入っていてちょっとげんなりしたので、新刊値段では買わないことにした。 確かに原作の人間関係や過去を相当省いているので読まないとわからない部分が多く、その点に批判が多いのだが、私は、こうした「不完全さ」がメディアミックスの命だと思っている。 私自身は、映画なら映画、小説なら小説でものすごく満足してしまった場合、他メディアには手を伸ばさないからである。 絶対に、最初に出会ったものが一番良いに決まっているから。 なので、「いいんだけどもうちょっとなあ〜」というぐらいの出来でちょうどいいのである。「原作はどうなんだろ?」と思うからである。 それに、「原作読めばわかるようなことわざわざ映画でやる必要あるか!」という強気な作品作りは、嫌いではない。
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