たとえばその言葉は鈍色。


自分の手を一度離れたものは、
もうどういう風に捉えられてもいいのだ、とか。

そういう風に思っていたりする。


今まで書いてきた詩も、日記も、なんでも。

言葉にして誰かの目に触れる瞬間に、それは私だけのものじゃなくなる。


私の意図は、確実にあるけど、
それを誰かが読み取るとは限らない。し。
誰かの目を通した私の言葉は、
私の想像もし得ないきらきらを持っているかも知れない。
傷つけることも、また呵り、だけどねぇ。


ちょっと、些細なことを目にして、そんなことを思った。

まぁその些細なことも言葉だから、
私がその人の意図を読み取っていないだけかも知れないけどね。


伝えるっていうことは、いつだって大変だなぁ。
そして、どうしよもなく面白いもんですね。


そしてこんなくだんないことを、
だらっだらと考えるのが好きなのですね。私。

無意味であることの意味、ってなんなんでしょう。


お腹空いた。
2007年07月13日(金)

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