2006年11月10日(金)
 

ここで書いたか書いてないか。
記憶があやふや。何個も日記を書く場所を持っているせい。
でもそのときの気分をそのまま、何も気にせず書く場所はここだけなんだけど。(だから多分どの日記よりも気分の落差が激しい、と思う。)
それはおいといて。

今年の夏の、8月のはじめに
おばあちゃんが亡くなった。
はじめて親族という近い間柄の死を体験した。

会社から帰って危篤という知らせを聞いて
30分後に亡くなったという電話がはいった。
他人事のようだとおもった。
ちょうど次の日は土曜日で。
月曜日だけ、お休みを貰って。福岡に帰った。

仕事があったから、土曜日の朝は会社にいって仕事して
そのまま喪服を買って4万円の出費に泣いて
新幹線にゆられて、夜につく。
親族という立場でのお葬式は、たいへんだった。

わたしはおばあちゃんが嫌いだった。
おばあちゃんは、他の人にいわせると
自分のつくった妄想の世界でいきている人だった。
自分のかってに作り上げた妄想で、ひとを罵倒したり するひとだった。

わたしはお父さんがだいすきで。
小さいときに、おばあちゃんのひどい言葉のせいで
おとうさんが福岡に来ないことを知った。
いつくらいだったか、忘れたけど。家族揃ってのお正月がうちにはなくなった。
それから、嫌いになった。わたしのだいすきなひとを、罵倒したおばあちゃんが嫌いになった。こんなにひとを嫌いになるのは、初めてだった。

おばあちゃんが亡くなる
ほんの3ヶ月くらい前。
おじいちゃんの具合が悪くて。もういつ何が起こってもおかしくない状態とまで言われて。何年ぶりかに家族揃って福岡にいって。
そのとき、おとうさんとおばあちゃんが対面したけど。
病院にいたおばあちゃんの顔は、憑き物がとれたようにやさしくて。
おとうさんのこと、分からなかった。みんなで笑ってた。その時に、わたしの憑き物もとれたんだと思う。

お葬式で、おばあちゃんの顔を見たとき
やさしそうな顔だと思った。
まじまじとおばあちゃんの顔を眺めるおとうさんは
少し、安心した顔をしていた。
そのおとうさんを見たおかあさんや、事情をしっていたらしい親戚のひとも
安心した顔を、していた。

わたしは、もしわたしのお母さんが亡くなってしまったら
とんでもなく悲しいので、おかあさんに大丈夫?と何度も聞いたら
「悲しくないことが 悲しい」と言ってた。


いつなにがおこってもおかしくないとまで言われたおじいちゃんは
しっかりしていて、自分でてくてく歩いて、ちゃんと喪主をしていた。
最後に見たおばあちゃんは、毒舌だったけど笑っていた。
はじめて体験した、身近な死は、さみしいものだった。
ひとを嫌いになるってさみしいものだと思った。
でも嫌いになりきれなかったのは、血が繋がってるからだと思った。

そんな話。
おじいちゃんは相変わらず、元気みたい。
おじいちゃんのおかげでおばあちゃんに会えていて
よかったと思う。