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■ 白珠の巫女STAGE15草稿
唐突に書きたくなって、一気に半分くらい書き上げてみました。 このあと推敲しますが、ちょっとここにのっけてみます。
--------------------------------------- 白珠の巫女 STAGE15
緋色のマントが遠ざかるのを、クリスは瞬きもせずに見送った。 肩から、指先から、ぬくもりが急速に失われてゆく。それとひきかえのように、ざわめきが耳に戻りはじめた。好奇心に満ち満ちた視線がいくつも突き刺さる。もの問いたげな目を、けれどもクリスはすべて無視した。首を巡らせて父親の姿を探す。 噂に踊らされた列席者の誤解など、あとでいかようにも解ける。問題なのは父、チャールズだ。クリスが灰色の髪の騎士の手を取った場面を、見ていないはずがない。 (自分で選べ) そう言ったのは父だ。言ったからには、それを反故にすることなどありえない。たとえクリスの選んだ相手が、騎士隊の制服を着ていること以外になにひとつ身元の知れない青年であっても、この場でクリスの婚約者として紹介するくらいのことはしてのける。国務卿チャールズ=グレン=スタインはそういう人物だ。 だから、急がなければ。 あれは自分の選んだ相手ではないと、彼を婚約者に迎えるつもりなどないと、一刻も早く父に伝えなければいけなかった。 きっと理由を問われるだろう。なぜ彼の手を取ったのかと。うまい言い訳などない。ただ、彼は違うのだと、それで押し通してこの場だけでもおさめるしかない。夜会が終わってからどれだけ追求されるかと思うと、それだけでため息が出そうだ。 ――それでもあのとき、エアの手を取ったことを、後悔などしていないのだけれど。 白髪の混じり始めた褐色の髪を、クリスは視界の端に認めた。人波をすり抜けて父親の傍に寄ろうとしたクリスの足を、だが背後の騒ぎが止めさせた。 水音。ほぼ同時に女性の軽い悲鳴がいくつか上がる。思わず振り返った視線の向こう、場の中心にいるのは灰色の髪と紫の瞳の青年――騎士の礼装をまとったエアリアスだった。 彼のまとう騎士隊の白い礼服の、左の袖が葡萄酒色に染まっている。 犯人は彼の目の前にいる、派手な礼服の人物のようだった。腰に佩いた、装飾過多の細剣に見覚えがある。先ほどから何度もクリスにダンスを申し込みに来た、諦めの悪い青年貴族だった。 青年は空の杯を乱暴に卓に置き、開いた右手の指をエアリアスの胸許に突きつけてなにやら言い募っている。周囲が騒がしすぎてクリスのところにまではその台詞の内容は届いてこない。けれどもわずかに眉をしかめたエアリアスの表情から、ずいぶんと不快なことを言われていることは想像がついた。――あれは相当に怒っている。 「――ならば試してみたらいかがですか」 「望むところだ」 その会話だけが、喧騒の合間を縫ってクリスの耳に聴こえた。内容を訝る間もなく次の一瞬、クリスは目の前の光景に棒立ちになった。 シャンデリアの光を浴びて、きらめく銀色は抜き身のレイピア。 周囲の人だかりがいっせいに引いた。そこだけぽっかりと空いた空間で、騎士の礼装のエアリアスと目の覚めるような青い装束の青年貴族とが、剣を互いに突きつけて睨みあっていた。 「クリス、クリス」 腕を引かれて反射的に目を向ければ、エドマンドが苦笑いを向けてくる。 「エディ。あれなに。どういうこと」 「それがね。君、あの方とだけ踊ったろ。それであいつひがんじゃって、因縁つけてさ」 「因縁?」 「そう。その細腕で剣が握れるのか、隊服は金で買ったか、なんて。あげくに君のこともなんだか変な風にね――なんだったかな、美少年趣味?」 「な――」 かっと怒りに頬を染めて、クリスは青年を振り返った。大股に歩み寄ろうとするクリスを、エドマンドが腕にかけた手の力を強めて引きとめる。 「待ちなよ。こういうの、女の子が出るもんじゃない」 「だってエディ」 「"セシル"に、恥をかかせるつもりかい?」 「――けど。怪我でもしたら!」 「大丈夫だって。話聞いたよ。君がじきじきに教えたんだろ?」 ほら、見てなよ。ぽんぽんと落ち着かせるようにクリスの背中を叩いて、エドマンドは微笑む。 「まずいことになりそうなら俺らで止めに入るさ。お姫さんは黙って見守ってやんな」 反対側ではユーリグが面白そうに笑いながら、腰のレイピアをがちゃりと握ってみせた。 「お、始まるぞ」 長い指につられて視線を戻すのと同時、キン! と金属音が響いた。 わあっ、と歓声が上がった。なんでも娯楽にしてしまうのが上流階級だ。両名それぞれに声援が飛ぶ。すでに賭けを始める輩までがいた。 一合、二合。互いに譲らず剣を合わせたあと、青年貴族が大きく踏み込んで突きを繰り出した。それをふわりとかわしながら背後に回りこんだエアが足許を狙う。跳びすさって体勢を整えた青年はふんと鼻を鳴らすと、今度は横薙ぎに斬りつけた。一歩さがって切っ先から逃れ、エアは後ろに出した足を蹴りつけてすばやく青年の懐に飛び込む。目を瞠って青年が、力任せにエアのレイピアを自分のそれで跳ね上げつつ距離を開いた。 「なかななのものだな」 感心するようにユーリグが呟いた。きらびやかなレイピアはけして飾りではなかったようで、青年の技量は確かだった。教師についてきちんと学んだ正式の剣だ。 だがその技に、エアは対等に渡り合っていた。体格が違う。腕の長さも、おそらくは腕力も違うだろう。それでもひらりひらりと突きをかわし、隙を突いて反撃を繰り出す。作法通りの剣ではない。けれども舞を見るような、見事な動きだった。 「凄いね。正直ここまでやるとは思ってなかった」 エドマンドもまた、感嘆のため息をつく。 「当然だよ」 目は正面に釘付けのまま、上の空でクリスは答えた。 「……私が教えたんだもの」 握りしめた両手が震える。 クリスに気づいた周囲が囁きあって脇に避け、いまでは最前列とも言うべき場所でクリスはふたりの打ち合いを見つめていた。緋のマントが風をはらんでひらめき、灰色の髪が宙に泳ぐ。うっすらと汗の浮かぶ秀麗な顔、きらきらと輝くアメジストの瞳。 (ああ、エアだ) 唐突にそう思った。 穏やかなたたずまいも、悪戯っ子のような微笑みも、からめとるような強いまなざしさえも、すべてクリスの好きな彼だけれども。 一番最初に惹かれたのはこの瞳だ。 騎士になりたかったと言った彼が、ほんの時折見せてくれた、仮面の下の少年の瞳だった。 (男のひと、なんだ) とうに知っていたはずのことに、今更のように気づく。 護られるばかりのか弱いひとではなかった。たたかう強さを、持っているひとだった。 それゆえに惹かれたのに。 ――どうして忘れていたのだろう?
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ってとこで、すいません、仕事に行ってきます(笑)
2002年08月08日(木)
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