土方聖架の日記

2004年07月19日(月) 世界で一番長い日


出産体験談はいずれきちんとしたページにまとめる気だが、その日は当分先なのでとりあえずこちらに記しておこう記録。

参議院選挙のために一時退院をしたその日、夕食後しばらくまではとても元気だった私です。夕食も椅子に座って旦那に指示を出して作ってもらいました。
が、夜8時くらいから、何気に腹が痛くなる。

当初は痛みが軽かったこと、また前の入院の最初の日に出くわした『張り止めの点滴を打ったら痛くなくなった「お腹が張って痛い」状態』に似ていたことから「ああやっぱり点滴外すと痛いんだなあ」としか思わなかったんだが、これが後になって考えてみたら間違うことなき『陣痛』でした。「解らんのかい!」と言われそうですが、実際やってみないと解らんです(断言)。寝れば直るかと相当早く就寝したんだが(そんなワケもないが)結構寝てた気もするが時々やってくる痛みには苛まされた。

寝れなくなったのが、時間を聞いたからよく覚えてる。夜中の一時。

以降、三時まで耐えたんだが、いやもう間違いなく人生で痛かった辛かった事例ダントツ一位。
や、つわりと陣痛体験したら、大抵の女はどんな痛みにも耐えれると思ったさ。
耐えれないと判断して産院に電話したら、やはり「すぐに来い」と言われてしまう。入院準備はしっかりしてあったのでよっこらしょと立ち上がった瞬間。

大出血。ナプキンしてたのにパジャマに貫通するレベルの大出血。


とりあえずかつぎこまれた産院で張り止め点滴とモニターにつながれ、「なんとか出産を遅らせたいけれど緊急帝王切開の可能性もある」ということで延命処置と相成った。しかし「しっかり陣痛来てます」状態がモニター(赤ちゃんの心音と張り具合を調べる機械)で証明され、子宮口も6センチまで拡大し、出血も止まらない。



緊急帝王切開手術決定。




…と、ここまでは、かなりシリアスだったのだが。

昼の手術は、「少し食べてもいいですよ」と看護婦さんから出された朝食を食ってしまったために流れる(ちょっとマテ(苦笑))。←絶食しとかんとイカンのよ
その間に、陣痛を抑える点滴が効いたのか、ガマンできないレベルではなくなった(痛いのは痛いぞ)。
結局外来の終わる5時に手術ということに落ち着いた。なので4時から痛み止めの脊髄注射と脊髄に管を通す作業、尿管をつける作業をし、痛み止めも注入して待機。

しかし、直前の普通分娩の妊婦さんが生命の危機に陥ったらしく、とりあえず余裕のある私はずっと待機状態が続く。
注入された痛み止めは一時間しか効かないので、待ってる間4回も打ち直した。
つまり、

私の手術が始まったのは実に夜の9時だったという。

一番最初の予定から実に9時間。
それでも緊急帝王切開手術(笑)。
誕生からネタまみれな波乱万丈の娘です。


まあでも症状が落ち着いていたことや隣の切迫した状況なんかもわかったこと、何より陣痛の痛みを思い出すと「より危ない人を早く助けてやってくれい」としか思わなくて、「私はそんなに出来た人間じゃないんだがなあ」と思うくらい穏やかな気持ちで待てたのは結構貴重な精神体験かもしれぬ。


ちなみに帝王切開ですが、帝王切開は帝王切開なりに痛いです。
臍の下をちょこっと切ったんですが、一番上あたりが麻酔の効きが半分で、メス刺したときに「…痛いんスけど…」。
対する先生。「ガマンできなくない?」
私「…できますが」
先生「この辺は痛い?(おそらく継続で切りながら)」
私「…痛くないです。」
先生「じゃあやろう」

この会話は素朴に痛いかもしれない(笑)

まーしかしこのメスの痛みは子供を引き出すときに比べれば確かに比較にならんかったです。普通分娩を体験しなかったので比べられないんだけど結構「痛い痛い痛い」と叫びましたもの痛み止め効いてるのに。まあ出てくるのは五分もかからないんですが。
対面のとき気のきいた台詞なんか出なかったよセニョリーナ。

ちなみに帝王切開の利点は赤ちゃんが最初から猿ではないことでしょうか。(赤くないのだ)
難点は回復が遅いことです。丸二日、本気で動けません。今でも結構衰えてるし傷跡は痛い。2階に上がるので結構息が切れる。でも看護婦さんに言わせれば私は回復が早いらしく、このへんは妊娠中のウォーキングが効いてるのかもしれません。後から泣きたくなかったらしっかり妊婦は運動しましょう。うん。



本格的な陣痛は夜半一時。誕生は21時30分。対面後しばらくから全身麻酔が効いて、意識を取り戻したのが23時過ぎ。
何とも長い丸一日でした(笑)


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