どうもネジを落としてしまったらしい。
とてもとても大事なネジだったのに、
どこでなくしてしまったのだろうか。
ネジがないとホントに大変だ。
思い通りにものは運ばないし、
なんだかギスギスと軋みが聞こえてくるし。
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
どうも皆知らないらしい、
同じ答えが返ってきたのだからそうなんだろう。
だから探しに出かける。探し出さないと困るから。
「あなたの落としたネジはこの金のネジ?それともこの銀のネジ?」
金のネジは延性展性に優れ酸化に強いものの
柔らかすぎて役に立たないからボクのネジではありえない。
銀のネジは熱と電気の伝導率が高いものの
電子部品の修理じゃないからボクのネジではありえない。
「馬鹿正直ね、ネジなんて埋まればよろしいものじゃなくって?」
ボクはボクのネジを取り戻したいだけだ。
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「遅れたら大変だ大変だ」
声のするほうを見ると亀がいた。
どうも地べたをもごもごとのたうってるだけにしか見えないんだが
亀は亀なりに急いでいるらしい。しかしなんて無駄なことをするんだ、
あそこに兎の力車が見えるじゃないか。
呆けて眺めているとくるりとこちらの方を向く。
「きみにはこの素晴らしさはわからないだろう」
亀は陶然とした笑いを浮かべている。
陶然ってどんな様子かわからないけど、
ニュアンスは陶然だ。まあいい。
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
「ボクのネジを知りませんか?」
「知りません」
どうして皆同じ答えなんだろう。
どうして皆知らないというのだろう。
ボクのネジはとてもぴったりとしたものなのに。
「ボクはネジをなくして困ってます」
「どんなネジなんですか?」
「ぴったりとしたネジなのです」
「ネジがなくてどう困っているのですか?」
「ぴったりとしてなくて困ってます」
「困るってどのようなものなんですか?」
困る。ボクは何に困っているのだろう。
「このネジはあなたのネジですか?」
青い羽を背中に生やした少女が目の前でにっこり笑っていた。
差出された手には冷たくひかるネジ、
ああ、これはボクのネジだありがとうありがとう、
ほんとうにありがとう、これでボクは困らずに済む。
ぴったりとした答えとぴったりとした問いと、
思い描く世界を思うがままに歩むのに必要なこのネジ。
平穏で波風の立たない世界に住むのに必要なこのネジ。
さあ、ネジをはめるぞ、
さあ、ネジをはめるぞ、
さあ、ネジをはめるんだ。
でもネジははまらない。もう既にネジがある。
そう、このネジは、もう要らないもの。
執筆者:いおり