くまま 読みの日記
日記のもくじ|過去の日記|この後の日記
1日中寒い雨。
節ちゃんに「車乗っていっていいよ」と言ったものの、昨日夏日に出てきた私達は軽装で、とてもこんな寒空に傘さしてヨーカドーまでさえ行く気がしない。 結局1日家の中。 空神はどこでも遊べるヤツなので、ホントに世話がない;
母はブルグミュラーを完奏しようと発起。 弾き始めて、まあ、聞く人の耳にはつらいだろうけど、まあ、それは10年以上離れて暮らしてるんだから、ということで、弾いてる本人はとても気持ちがいい。
私はよく#や♭を忘れる人だった。 自分でもそう思うけど、先生にもしっかりその箇所で○されているのをみると、ああ、自他共に痛感していた模様。
それと、最後の〆の音符や、ちょっと飛んだ音を外して、しまらない曲を弾くひとでもあった。
でも今は、弾く前に諧調さえ確認しておけば、先の音さえ予想がついて弾ける。 この諧調ならこの音はふまない、というのが分かるのに、どうして毎日引いてる時は分からなかったんだろう。
弾きながら思った。 これを練習してる時、いつも弾きたい曲じゃなかった。 弾きたいと思わない曲を練習するんだから、ろくろく練習もしやしない。 先生にずーっと申し訳なかったなあ、と思う。 わざわざ1時間くらいかけて来てくれてたよなあ。 もっとかな。 いつも、前の週と同じ状態だった。
今は、これが、こういう曲が弾きたいと思う。 だから、技量は10年前に遠く及ばなくても、心で弾けて気持ちがいい。
でもあの頃は、私はテンポの速い、フォルテシモな曲が好きだった。 そういう曲は、なんだか上手に聞こえたり、すると思っていたよなあ、多分。 こんなに気持ちの良い曲だって、あの時は分からなかったんだもの。
ジャズやポップスなども希望で取り入れてもらって、それにはちょっと真面目に練習したかな?
でもあの時は、これが「自分の弾きたい曲じゃないから楽しくない」ということにさえ気付かなかったんだから、仕方ない。 あの時、ジャズやなんかの路線に行ったってことは、少しは気持ちを伝えられていたのかな。
でも多分、私が弾きたかったのは、早い曲調の、ちょっと難しいクラシックだったんだと、今は思う。 でも、自分の技術が及ばないのが分かってるから、難しい曲を弾かせてって、言えなかったんだろうな。
その時弾きたい曲が弾けたら、良かったよね。 あの時自分で気づいてたら、もっと上手くなっていたかもしれないよね。
20番くらいから、譜面を追うのもおぼつかない。 気付いてみれば、ほとんど先生のエンピツの記入がない。 つまり、このころには私はすっかり脱線して、クラシックは弾かなくなってたんだろうな。
空神と遊んだり、ぽつりぽつりと、弾いた。
|