毎日少しでもこの本を読みたいと願う気持ちがもうだいぶ長く続いている。 一時期、短い時間でもいいから海と向かいあっていたいと思った。 その思いに似ている。 作品の中の特別耳のよい娘や涙もろい娘は作者の分身だと思うが、 人一倍感じやすく繊細で鋭い感覚をむき出しにせず、 読者に負担をかけない。 初期の「無風帯から」は、男性を一人称にし、 彼の目に映った腹違いの妹を語っている。 作者の分身のようなこの妹には悲惨という影がつき纏っている。 異常なまでに明晰なので、努力して、自分の中の変人という影を、 平静さで覆ってしまった。しかし、どんなきっかけで壊れるかしれない。 妹には不思議な魅力がある。 尾崎翠は思いやりのある、自惚れたところのない聡明な女性だったらしい。 「心苦しければ愉しき夢を追ふ。」と書いているが、 貧乏や病気の度合いが増すに従いユーモアが冴えている。 一貫した清潔感、爽やかさは、 「作者の心も少し湿つぽくなって来たから。」 こういう小説の終わり方にもうかがえる。 聡明な女性になるのは余程大変だと思う。 厚真かしく鈍感、意地の悪いところなどがまるでないと、 生きにくいし、理解されず、失望したりもしただろう。 筆を絶った後は一言も小説を書いていたと言わなかったというエピソードも この作家らしい。
★尾崎翠全集書評/吉行理恵★
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