五木 (『東京タワー』の)前半は本当に楽しそうだったな。 読んでいて伝わってくるもの。
五木 あの悲しい後半部分をぜんぶメジャーコードで押し通していたら、 この作品は戦後を代表する長編小説の傑作になっていたとも思います。 ま、そうすると、これほどたくさんは売れなかったかもしれないけれど(笑)。 ただ、作品としてはそういう可能性があったと思う。 あるいは、後半の部分でむしろ意識的に、 「ここから転調するんだ」という風に見得を切って書いていたら 凄かっただろうな。 実際には無意識に気分が落ちているんだよね。
五木 僕は、「お涙ちょうだい」って言葉が好きなんだよ。 昔講談かなにかで、主君の仇をねらう若武者が敵の寝室に忍び込んで 「お命ちょうだい仕ります」ってギラッと刀を抜くじゃないですか。 あれと同じで、「お涙ちょうだい」っていうのは命がけの仕事なんだよ。 相手の命を涙で取るってことは、簡単にできることじゃないですよ。 自分も命を差し出すんだから。 だから、じつは僕はあの後半部分も嫌いじゃないんです。 むしろ、もっと覚悟して刀を抜けばいい。
五木 有馬さんの「いちばん大事なことは最後まで書くな」 というアドバイスもそのひとつだろうな。
★「歌」への覚悟について/五木寛之×リリー・フランキー★
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