本は違った世界への扉を開く、と小学校で国語の教師が 口酸っぱく言っていた。 たしかにその通りだ、と僕は思った。 そのかわり、表紙をめくると背後でもうひとつの扉が静かに閉まる。 本は「外」の世界を一時的にしろ滅ぼしてしまう。
古本は、それぞれ一冊がいろんな世界を滅ぼしてきた。 兵器としての年季が、そこらの新刊本とは違うのだ。 もはや「なにかのため」に書かれる実用書などは、 兵器としての用をなさない。 それは「外」の存続に奉仕するものだからだ。 もちろん、「外」の世界を亡ぼすに足りる力をもった新刊だってたくさんある。 しかし新刊書店は「なにかのため」の本にあらかた占領されてしまって、 兵器としての本は隅に追いやられている。 そういう意味で、古本屋はその空間そのものが世界を滅ぼす兵器だと 言っていいかもしれない。
ぼくはぼけっとカレーを待ちながら、そんなことを考えていた。 そのころ、ぼくは毎日カレーばかり食べていたのだ。 通を気取っていたわけではない。 ほかの食べ物を選ぶのが面倒だっただけだ。 とにかく、そこら中にカレー屋はあった。 神保町の交差点から駿河台下にかけては、とにかくおいしそうなカレー屋が 集中していた。
★東京夜話/いしいしんじ★
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