余談になるけど、実は一度だけパリのタカベェのアパートに 遊びにいったことがある。 たしか、わたしが九歳ぐらいのときだった。 小さな庭のついたアパートは彫刻したものや、制作中のものや、 のみやオガクズでごった返して、人が住んでいるところ、 という感じはしなかった。
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ベッドの脇のペンキのはげかかったクリーム色の壁には、 ずっと前に私と弟が描いた落書きの紙が大切そうに貼り付けてあって、 私はちょっとだけびっくりした。 なんだ、どうでもいいような顔をしてても結構、 やっぱり私たちのこと好きなんじゃん。 そう思った瞬間、私の視線に気がついたタカベェが 大して気にもしていないような様子で言う。 「お、それ、なんか知らないけど俺の荷物に入っていたから 貼っておいただけだ。そんなもん、まだ貼ってあったけかなぁ」
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ごちゃまぜの部屋の真ん中にひとり立ち尽くす私にタカベェが 「腹減ってるなら、なんかつくってやる」とぶっきらぼうに言って、 これまた、おんぼろの小さな箱のような薄汚れた白い冷蔵庫を開けた。 冷蔵庫には「何日か前の肉、いつ喰ったっけかなぁ」と 「半分腐ってるほうがウマイ野菜」と「つけものみたいなもの」と 「かたくなった白メシ」しかなかった。 生ゴミに限りなく近い食材をみて「うげぇ」と食欲を無くしかけた私に 「ばかもん。まだ喰えるものばっかりだ」とタカベェはおもむろに 全部の材料をみじん切りにしてフライパンで炒めはじめた。 数分もするとしょうゆを最後にじゃばっとかけて、 お焦げのある「タカベェ風・焼きメシ」ができた。 香ばしいいい匂いに「ちょっと何か入ってるかわからないし気持ち悪い」 と警戒していた私もすっかり、ぺろりと食べてしまった。 その焼きメシは予想に反して、今まで食べた何よりも美味しかった。
★おわらない夏/小澤征良★
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