──君は映画や芝居、観ることあるかい? と訊いた。 ──無いな。 さう答へて、吉野君は例の娘さんを想ひ出した。 そこで手帖を引張り出して見ると、 その芝居は三日前に終わつてゐることが判った。 だから、吉野君には「朝の路の娘さん」が、 どの程度の役者なのか、つひに判らず仕舞であつた。 吉野君が米川さんにその話をすると、米川さんは笑つて、云つた。 ──そりゃ、いい話だね。芝居を観なかつたつて云ふのが気に入りました。 ──うつかりして、忘れてたんですよ。 ──その方が宜しい。乾杯! 吉野君も杯を挙げたが、何のための乾杯かよく判らなかつた。
★更紗の繪/小沼丹★
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