小林 あの「作家論」というのは傑作だ。 あれ以上の作家論は誰もしていない、 と僕は思っているんです。 あれは正しい。 批評家くさいところもないし、 作家臭いところもない批評…。
小説では「入り江のほとり」あれは僕、好きですよ。 「泥人形」なんて、つまらんですなあ。 「人生の幸福」もつまらんです。 あんなものウソです。 あんな事件は大磯には怒りえない。 「天使捕獲」の方がずっといいなあ。 ああいう事件は、たしかに軽井沢で起りうる。
正宗 そうかな(微笑)。
小林 「天使捕獲」なんて変な題だなあ。 全く正宗白鳥式の題だ。 人を小ばかにするというが、 あれは文学というものを小ばかにしているような題だ。
正宗 小林君は画を…。 僕はよく見るけど。
小林 画はお好きなんですか。
正宗 美術記者を七年もやったからね。 ある点で画だって好きだよ。
小林 だけど、お買いにはならんでしょう。
正宗 買ったりなんかしやしない。
小林 好きなら買いますよ。
正宗 買う金もないし…。
小林 金なんか都合しますよ。 やっぱりお好きじゃないのさ。 正宗さんは観念派だ。 だからこうしてお話していても気がらくなんですよ。 なにしろ七十になって 竹箒で天使を追っぱらおうという人ですからな。 人生ツマラン主義が徹底していて、 つまらん文学的人生趣味などけし飛んでいる。
★大作家論/小林秀雄×正宗白鳥★
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