六、七年前モスクワを通過した時は大変な猛暑でしたが、 紙の日傘がただみたいに安く誰でもがさしていた極東と違って、 日傘をさしている人はいませんでした。 唯一の例外は、ウラジオストックからシベリア鉄道に乗せて日傘を持ってきた私でした。 その他の私の持ち物はわずかで、自分で持てるだけ、 すなわち小さな旅行かばん二つと旅行用のクッションだけでした。 私は「ブルジョア」に見られないように気をつけました。 久しぶりに外見からは外国人であることがわからずに済むのは気持ちが良いものでした。 極東と違ってモスクワでは私もプロレタリアートの群集の中に溶け込めるはずでした。 それが日傘のせいで駄目になってしまったのです。 その時私はロシア型の革命は日本では絶対に成功しないだろうと思い 嬉しくなったのです。 日本は古くからの伝統が国民全体に伝わっている非常に恵まれた国です。 みんなが何でも買えるというわけではないにせよ、 この商品は特定の人しか所有できないといった階級差別はありません。 だから、たとえ革命の恐ろしい鐘がなったとしても、 日本の夏の街には風にゆれる色鮮やかな日傘で相変わらず花壇のようであると 私は確信しています。
★東京に暮す/キャサリン・サンソム★
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