マークが点滅した。 こんな夜に誰からだろうと見ると伊良部だった。 《クリスマスケーキは帝国ホテルから取り寄せました》 また始まったのか。一人鼻息を漏らす。 《イチゴが大きくて満足しました》 まったくいい大人が。 本来なら、サンタの衣装で自分の子供にプレゼントをあげる立場だろう。 《おかあさんがエルメスのパジャマをくれました》 力が抜けた。よく医者になれたものだ。 手持ち無沙汰なので雄太もメールを打った。 《ぼくはいま、女子校の女の子たちとスキー場へ行くバスに乗っているところです》 するとすぐさま返事がきた。 《ねえねえ、写真送って》 あちゃー。科学が進歩すると、嘘もつけないのか。 《すいません、嘘でした》 どうせ歳の離れた他人なので、正直に書いた。 《やることがないので一人で街をぶらついています》 何かを告白した気分だった。胸に、かすかに風が通った感じもする。 《ぼくも友だちはいないみたいです。ネクラなのがばれたのかもしれません》 すらすらと言葉が出てきた。なぜか素直な気持ちになっている。 《中学時代、地味な性格で友人ができませんでした。 登校拒否にもなりました。 高校生になったら自分を変えて友達を作ろうと、入学以来、 明るく振る舞ってきました。でもダメだったみたいです。 無理はするものではありません》 せいせいした。 本当は自分を偽ったり、他人の顔色をうかがう毎日に、 いいかげん疲れていたのだ。 伊良部から返事がきた。 《七面鳥の丸焼きは伊勢丹に届けさせました》 おいっ。人の話は聞かないのか、この男は。 《カナダ産の本物のターキーです》 だから友だちがいなくても平気なのだ。 《とてもおいしそうなので写真を送ります》 数秒後、画像が送られてきた。 テーブルというか、診察台のようなものの上に七面鳥の皿が載っている。 どうやらそこは伊良部病院の診察室らしい。 うしろにマユミさんが見える。 レンズに向かってピースサインを出しているのだ。ほかにもたくさん人がいた。 雄太は無性に人の声が聞きたくなり、電話を入れた。 「クリスマスイブだからね、退屈している入院患者が集まってきたの」 伊良部がのんびりとした口調でしゃべっている。 「どう、津田くんも入院する?」 マユミさんが電話に出た。 「暇ならおいで」いつもどおり無愛想な声だ。 「いいんですか」 「注射を打たれたいのならね」 「ひとつ聞いてもいいですか」 「何よ」 「マユミさん、彼氏はいるんですか」 「いないよ」 「ぼくじゃだめですか」 「子供はだめ」 間髪を入れずに返事された。でも愉快な気分になる。くじけずに話を続けた。 「どんな人が理想ですか」 「友だちがいない奴。大勢で遊ぶの、苦手なんだ」
★イン・ザ・プール/奥田英朗★
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