エド・ウッドはアメリカでは一種カルトな存在になってる。 よく上映されて、みんなそれを見てはゲラゲラ笑う。 たしかにスゴイし、おかしいんだけど、だけど、 それでも彼には歪んだ詩みたいなものがある。 だからぼくはできるだけ彼を笑いものにはしないようにしたんだ。 ある意味では彼を理解できる。 エドは…彼はいつもすごく楽観的だった。 彼の手紙を読むと、 まるで自分が史上最高の映画を作ってるみたいな書き方をしているんだ。 エドは、一種の倒錯したオプティミストだった。 どう考えてもオプティミスティックになれない状況にいて、 なぜかオプティミスティックだった。 つまり(自分の現実に対する)否認があったわけだ。 最低のものを作りながら、自分では最高のものを作っているつもりだったりする。 とてもおもしろいね。
それに彼のまわりにいたのはとても奇妙な人ばかりだった。 みんなとてもユニークで…エドは自分に忠実であろうとした。 それはとても尊重すべきことだ。 エドは女の服を着たいと思って、実際着た。 映画を作りたいという情熱を持っていて、実際作りあげた。 あの人たちはみな…悲劇的で、とても悲しい存在だ。滑稽でいて悲しい。 そう、ぼくは彼らにすごく近いものを感じる。 成功と失敗のあいだ、才能と無能のあいだにはほんのわずかな差しかないんだから。 そのどちらに転ぶかは、みんなが思っているよりずっとわずかな差なんだ。
★エド・ウッドとサイテー映画の世界/ティム・バートン★
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