仄聞するところによると、ある老詩人が長い歳月をかけて執筆している日記は 嘘の日記だそうである。 僕はその話を聞いて、その人の孤独にふれる思いがした。 きっと寂しい人に違いない。 それでなくて、そんな長い間に渡って嘘の日記を書きつづけられるわけがない。 僕の書くものなどは、もとよりとるに足らないものではあるが、 それでもそれが僕にとって嘘の日記に相当すると云えないこともないであろう。 僕は出来れば早く年をとってしまいたい。すこし位腰が曲がったって仕方がない。 僕はそのときあるいは鶏の雛を売って生計を立てているかも知れない。 けれども年寄りというものは必ずしも世の中の不如意を託っているとは限らないものである。 僕は自分の越し方をかえりみて、好きだった人のことを言葉すくなに語ろうと思う。
★落穂拾い/小山清★
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