宿題

目次(最近)目次(一覧)pastnext

2006年01月05日(木) 断片/小沼丹
戦争の終わつた翌年の二月か三月のことだつたと思ふ。
満目荒涼たる焼跡を貫く道を歩いてゐたら、路傍に、ぽつねん、
と黒い石の地蔵さんが立つてゐた。黒いのは焦げたためらしい。
──いいね。
先生は地蔵さんの前に立つた。
──なかなかいいね。
積極的に相槌を打たなかつたのかもしれない、先生は僕の顔をちょつと見た。
──君はこんなの嫌ひなのかね?
──嫌ひじゃないけれど…。
──さうかね。
恐らく、当時は地蔵さんなぞ考へる気持の余裕が無かつたのだらう。
しかし、先生は湿つた風の吹く曇天の下で、地蔵さんと向合つてをられる。
突然、先生は振向いた。
──どうだらう、これ、担いで行けないかね?
僕は吃驚した。
地蔵は三尺ぐらゐあつて、土台もしつかりしてゐるらしく
ちよつと押したぐらゐでは動かない。
──重くて無理ですよ。
──でも、二人なら持てるだらう?
妙な話になって来たから些か慌てた。
──二人でも無理ですよ。それに駅か交番で咎められますよ。
無論、当時はタクシイなぞ一台も無い。
──ふうん、さうかね…?
先生はなんだか片附かない顔をして、疑はしさうに僕の方を見た。


★断片/小沼丹★

マリ |MAIL






















My追加