戦争の終わつた翌年の二月か三月のことだつたと思ふ。 満目荒涼たる焼跡を貫く道を歩いてゐたら、路傍に、ぽつねん、 と黒い石の地蔵さんが立つてゐた。黒いのは焦げたためらしい。 ──いいね。 先生は地蔵さんの前に立つた。 ──なかなかいいね。 積極的に相槌を打たなかつたのかもしれない、先生は僕の顔をちょつと見た。 ──君はこんなの嫌ひなのかね? ──嫌ひじゃないけれど…。 ──さうかね。 恐らく、当時は地蔵さんなぞ考へる気持の余裕が無かつたのだらう。 しかし、先生は湿つた風の吹く曇天の下で、地蔵さんと向合つてをられる。 突然、先生は振向いた。 ──どうだらう、これ、担いで行けないかね? 僕は吃驚した。 地蔵は三尺ぐらゐあつて、土台もしつかりしてゐるらしく ちよつと押したぐらゐでは動かない。 ──重くて無理ですよ。 ──でも、二人なら持てるだらう? 妙な話になって来たから些か慌てた。 ──二人でも無理ですよ。それに駅か交番で咎められますよ。 無論、当時はタクシイなぞ一台も無い。 ──ふうん、さうかね…? 先生はなんだか片附かない顔をして、疑はしさうに僕の方を見た。
★断片/小沼丹★
|