嘘をついてはいなかったが、面倒なので返事をしなかった。 そのかわりに、カーステレオに指を伸ばす。 知らず、喉を鳴らしそうになる。「これ、動かしていいか?」 「動かす?何か聴きたいのかよ。おまえ、自分の立場、理解してんのか」 構わずに私は、再生ボタンを探し出し、叩くように押した。 入っているのはコンパクトディスクらしく、回転する微かな音の後、 ミュージックが流れ出した。背中が震える。 顔の筋肉が緩み、じわじわと胸のあたりに温かみを感じる。 「おまえ、何で、にやけてるんだよ」 横目で私を見た阿久津は、訝しそうだった。 「いや、好きなんだ」 私は正直に答える。 「ストーンズが?」 「ストーンズ?いや、音楽が好きなんだ」 「何だよ、音楽って。範囲が広すぎじゃねえか」 実際のところ、私はジャンルに関係がなく、音楽が好きだった。 正確に言えば、私だけではなく、私たちはみんなそうだ。 人間に対する同情や畏怖などはまったくないが、 彼らが作り出した「ミュージック」を偏愛している。
★死神の精度/伊坂幸太郎★
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