B「日本人とフランス人の僕たちがこうして言葉をかわしコミュニケートできるのは、 共通の思考回路を持っているからだよね。 ところが、アール・ブリュットの作家の場合、そうした思考のシステムが あるときすべて崩れてしまう。 そしてさらに再構築という現象が劇的に起こることで、 ほかの誰とも共有できない、自分だけに通用する言語、価値観、 思考による内部システムを新たに発明する。 彼らの作品とは、その独自のシステムの形象化なんだ」
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K「アントナン・アルトーの場合はどう? シュルレアリストでもあったこの詩人は晩年の9年間を精神病院で過ごし、 たくさんのドローイングを残しています」
B「ちがうね。なぜなら精神の再構築を欠いているから。 彼の絵に示されているのは、崩壊の苦悩そのもの。 アール・ブリュットはむしろ勝ち誇るかのような力強さを孕んでいる。 錯乱した表現ではあっても、それはつまりルネッサンスなんだ。 独自の強固な理論によって支えられた新しいシステムが彼らを真の再生に導くんだよ」
K「よくわかります。たしかにアール・ブリュットの作品には、歓喜が感じられる。 新たな世界の創造主になった喜びとでもいうように」
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B「僕が心を打たれるのは、崩壊する世界をなんとか押しとどめ、 均衡を保とうと試みている作品」
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B「すごい作品を見せるよ。ショックを受けないといいんだけど。 ほら、ポルノ雑誌にびっしりと書きこみをしてるんだ。 チェコ人で、ズドネック・コセックという男」
「自分が世界の天気をコントロールしていて、自由に雨を降らせたり 嵐を起こしたりできると思いこんでるの。 女性の裸の上に雲を描くとき、地上のどこかで雨が降っている」
K「すべてがお天気絡み…」
「ええ、彼は雲の中で起こる現象と人間の性的衝動は同じだと思ってる。 人体の70パーセントは水であり、死後は蒸発して雲のなかへ。 だから雲は人間の身体と密接につながっているんだという理屈」
B「もっとも、この作品は例外的で、ふだんは地図や五線紙などの上に描いているんだけど」
K「なんだか休みなしにずっと描きつづけてしまう人のようですね」
「1週間でも2週間でも、窓辺で描きつづけるの。 世界の天気をコントロールしている責任上、休むわけにはいかないから。 いよいよ限界となったら自分で病院に行く」
★語りつくそう、アール・ブリュットのすべてを!/小出由紀子×ブルノ・デシャルム★
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