内田 そういう貧乏文士とか貧乏画かきというものを ほかの気持ちの人がみて気の毒がっても或いは清貧に甘んじているというので 尊敬しても、見当ちがいだろうと思うな、僕は。
─原稿なり絵なりかけばすぐ金になりますからね。
内田 だから金になるということが書きにくいということになる。 それはたしかに誰にもあるね。
─潔癖というのですか。
内田 いや潔癖でなく、お金がほしいからこれをかけばお金になるというのじゃいやなんだ、 潔癖でなく心事は陋劣なんだけれどもね、 だからそれをすっぽかしてただの原稿を書く。 お金をくれる原稿は書かなければくれないだけのことでそんな儀礼はない、 ということになる。 家でもそうでしょう、それで勝手に貧乏しているなどといわれても困りはしないが、 結局貧乏とか不如意とかということは話がむつかしくて困る。
─例えば上林暁とか尾崎一雄とかいう作家は楽しんでいるように書いているが、 実際は苦しいんだが、苦しくはないぞというような気取ってるところが見える。
内田 そうでなく、書かなければ米櫃が空になるだけで文士だからそれを書いた。 それを書けばいい、というのはわかっているが書けば金をくれるから書かない、 金持が金を儲けて銀行にふえるということはいいが、 困っているものが金をもらうというのは大事件だからね、 状況に激変を来すからね、だから日向ぼっこをしている方がいい(笑)。 一体ね、貧乏とか不如意とかいうものは非常にお金がほしいんですよ。 非常にほしいからもらうのにゃやはり順序がある。 順序というのは自分の気持で、余り困っているのに原稿を書けばすぐに金をあげますよ、 といわれたのでは書けない、それをすぐあなた方は清貧を楽しむとか、 貧乏を楽しんでいるという、そうじゃない、ますます辛いんだ(笑)。
★貧乏ばなし/内田百間×長谷川仁★
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