「毎日、放送しているわけではないんです。 時おり、気の向いたときだけ、マイクに向かってます。 お伝えしたとおり、とてもささやかな電波なのです。 ですから、もし、いまこの放送をどなたか聴いていらっしゃるとすれば、 それは本当に奇跡のようなことなんです。 どうでしょう? 聴こえているんでしょうか? そちらの声もこちらへ届けばいいんですけどね。 というのも、この放送局、私ひとりきりなんです。 すべてひとりでやっていて、まぁ、その方が気楽でいいんですが、 やっぱり誰も聴いていないかもしれないと思うと、 なんというか、ここはとても静かで、自分の声だけですからね。 私、ふだんはひとりでお喋りなんてしませんし…つまり、 まったくの静寂ならば、その方がずっと落ち着くような気がするんです。 でも、いったんこうして話を始めてしまいますと、 どう言ったらいいのか、急に静けさというものが怖くなってくるんです。 話をやめてしまうのが、怖くなります」
その声は、わたしの頭の奥にある、どこか暗くてうす暗い、 秘密の路地裏のようなところまでしみ込んでくるようだった。 いつかどこかで聞いたことのある声。 いや、正確に言うと「聞いたことがある」のではなく、 ずっと長いこと「聞きたい」と願っていた声とでも言えばいいんだろうか? その夜わたしは、彼女が最後のひとことを告げるまで━━ 告げたあとのノイズにすら━━いつまでも耳を傾けていた。
★フィンガーボールの話のつづき/吉田篤弘★
|