ガールフレンドの部屋で、私は漫画を読んでいた。
彼女もまた別の本を開き、互いのページをめくる音だけが聞こえる穏やかで幸福な夜。
私が読んでいたのは、彼女の本棚にあった『夜明ケ』(しりあがり寿)だった。
そのなかに、もの凄いシーンがあった。震えるような興奮に捉われて思わず私は叫んだ。
「こ、これ」
すると小説に熱中していたはずの彼女がひどく張りつめた声で云った。
「どれ?」
私はそのページを宙に掲げて云った。
「これ、ここ、もの凄い」
その瞬間彼女はぴょんと立ち上がって叫んだ。
「でしょうでしょうでしょう」
そのシーンこそは、彼女にとっての「いいところ」中の「いいところ」だったのだ。
私が『夜明ケ』を手にとったときから、別の本を読むふりをして、どきどきしながら、
そっとこちらの様子を伺っていたのだ。
★いいところ/穂村弘★
|