人見知りが激しくチームメートでも相手の目を見ながら話すことができない。
初めて日本代表に選ばれ、代表合宿に招集された時には
“知らないヤツばかりなので辞退する”
と言って、広島のスタッフを慌てさせました(サッカー記者)。
無類の大酒飲みでサッカー人生を棒に振りそうになったこともある。
99年に広島市内のホテルの駐車場から自分の車を出そうとしてブロック塀に激突。
車を置き去りにして自宅に逃げ帰ってしまった。
2時間後に警察に出頭したが、飲酒検査で引っ掛かった。
日本代表になかなか定着できず、02年日韓W杯直前には代表メンバーから外された。
久保はショックのあまり2週間ほど雲隠れ。
「携帯電話も通じないし、一時は“自殺しちゃったのかも”と大騒ぎになった」
(前出の記者)こともあった。
地方チームの“お山の大将”で終わるという見方もあった。
転機になったのは02年シーズンでJ2に降格した広島から横浜マリノスへの移籍。
「4年前に結婚した佳奈子夫人が“新天地でリスタートしなさい”と尻をたたいたのです。
久保は夫人にゾッコンで一緒にいないと落ち着かない。
横浜マリノスの練習場にも付き添われて来ることもしばしば(専門誌記者)」
2月、日本代表合宿中のキャバクラ遊びが大騒動になったが、
久保は焼酎を何本もラッパ飲みして上機嫌。
キャバ嬢に「胸が小さい」「ブスは帰れ」と言いたい放題で大ヒンシュクを買った。
★日刊ゲンダイ(6月2日)/久保竜彦についての記事★
|