二三日前にふと気が付いたことと云うのは、女房の不平を犯してまでも食膳に上せる程のものを、
庄造は自分で食べることか、リリーにばかり与えている。
それでだんだん考えてみたら、なるほどあの鯵は姿が小さくて、骨が柔らかで、
身をむしってやる面倒がなくて、値段のわりに数がある、それに冷たい料理であるから、
毎晩あんな風にして猫に食わせるにはもっとも適している訳で、
つまり庄造が好きだと云うのは、猫が好きだと云うことでなのである。
此処の家では、亭主のためと思って辛抱していた女房は、
その実猫のために料理を与え、猫のお付合いをさせられていたのだ。
「そんなことあれへん、僕、いつかて自分が食べよう思うて頼むねんけど、
リリーの奴があないに執拗う欲しがるさかいに、ついウカッとして、
後から後から投げてしまうねんが」
「嘘云いなさい、あんた始めからリリーに食べさそう思うて、好きでもないもん
好きや云うてるねんやろ。あんた、わてより猫が大事やねんなあ」
「ま、ようそんなこと。……」
仰山に、吐き出すようにそう云ったけれど、今の一言ですっかり萎れた形だった。
「そんなら、わての方が大事やのん?」
「きまってるやないか!阿保らしなって来るわ、ほんまに!」
「口でばっかり云わんと、証拠見せてエな。そやないと、あんたみたいなもん信用せエへん」
★猫と庄造と二人のおんな/谷崎潤一郎★
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