十九歳の時かな、一度手塚先生の鬼子母神の並木ハウスに行ったことがあるの。
まだ先生は結婚してなかった。
そしたらピアノがあってね、もう緊張しちゃってさ。
手塚先生が、「何か食べて行け」と言うんですよ。「中華もあるぞ、蕎麦もあるぞ」とか。
「どうしてこの人、日本語を喋れるんだろう」と、おれ不思議に思った。
自分はね、手塚先生を神様だと思ってるわけだよ。
なんで中華料理とか蕎麦のことなんか知ってるんだろうと、不思議でしょうがなくてさ、
黙ってたんだよ。
だけど、もうぼくは漫画は描けないね。
酒飲んでると手はしっかりしているけど、細かい作業はできないし、飲まないと手が震えるし。
だから漫画はちょっとお休み。
おもしろいことをやってるんだよ、いま。
病院のベッドの上で座っていたら、
「あ、そうだよ。目が見えなくても、笑うやつがいるはずだ」って突然、思いついて
「盲人にも笑いを」と思ったの。
目の見えない人と目の見える人が、一緒に読める本というのを作っている。
銀座へ飲みに行くと、吉行淳之介と、星新一とか、小松左京とかみんないたんだよ。
それで「(バカボンの)パパとママは……」そういうことを聞くんだよ。
返事のしようがないじゃない。あれは、漫画です(笑)。
★本気で冗談◇『GQ』2000年9月号/赤塚不二夫★
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