「電子ゲーム、ほしくなったの。そいで、そいで、ママのおさいふから、お金、取ったの。」
声をつまらせながら、正実くんはいっしょうけんめい言った。
こりゃ、大変だ。みつかったら、あの母親から、どんなにしかられるかしれやしない。
「それで、ゲーム買ったの?」
正実くんは首をふった。
「じゃ、みつからないうちに、そっと返しておいでよ。」
「もう、みつかっちゃったの。」
たえかねたように、正実くんはわっと泣きだした。
手にしたキャンデーからも、ペパーミントのなみだがポトポト落ちている。
ぼくはキッチンへ走ると、テーブルにほおづえをついてしかめづらしているおかあさんの足を思い切りけとばした。
それからぞうきんをつかんで、正実くんとなりへかけもどった。
「洋服よごれれちゃうよ。」
くだらないことしか言えない自分が、もどかしい。
「麦彦は2年の時、何がほしくて、わたしのおさいふからお金をとったんだっけ?」
おかあさんが、キッチンからさけんだ。
「え?」見に覚えのないことに、ぼくはうろたえる。
「あ、思い出した。キン肉マンだ。」おかあさんは平然と言った。
「ゴホン。」新聞の かげで、おとうさんがからぜきをした。
「おにいちゃんも、キン肉マンほしくて、お金取ったの?」
正実くんは泣きやんで、しゃくりあげならきいた。
「そ、そうなんだよ。」やっとわけがわかったものの、おかあさんのドジをなぐりつけたくなった。
ぼくが2年の時、キン肉マンはまだなかったんだぜ。
「なのに、死ななかったの。特別運がよかったんだね。」
「え?」ぼくはまたうろたえる。
「おばあちゃんもママも、どろぼうした子は、10歳でに死ぬって言うんだ。」
正実くんはまたしくしくと泣きだした。
「そんなの、真っ赤なうそ!」
キッチンから、ものすごい顔をしたおかあさんがあらわれた。
「ここにいるおにいちゃんが、何よりの証拠よ。おにいちゃんは、キン肉マンだけじゃなくって、
アトムの時も、月光仮面の時も、おばちゃんのおさいふからお金とったんだから。
でも、このとおり、12歳になってもちゃんと生きてるでしょ?」
「ゴホンゴホン。」新聞のうしろで、またおとうさんのからぜき。
アトム?月光仮面?いつのおもちゃだ。ぼくは耳をおおいたくなった。
でも、正実くんは気がつかないらしい。
★真夜中のクロスビー大佐/今岡深雪★
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