梅谷さんの目が正面の壁にかけられた大きな絵に吸いつけられた。
―これ、もしかしたら、長さんのとちがう?昔の長新太さん。
―よう分かりましたな。さすが。
とうさんの説明するところによると、若いとき、ほとんど長さんと初対面のときに、いただいたものだという。
展覧会に出品されていたものを一時間ばかりも黙ってにらみつけるように見ていたという。
どうしてもほしくなって、係らしい人を探し、何とかわけていただけないかというと、
これは非売品ですから駄目なんですとにべもなかったという。
口惜しくって、翌日も翌々日も見にでかけて、かみつくような顔つきで見ていたら、
係の者だという人が寄ってきて、お名前と住所を教えてほしいときいたという。
見ると、このあいだ自分が見つけた係だと思った人とはぜんぜんちがっていた。
翌朝速達のハガキが舞いこんで、「あの絵、よろしければ、さしあげます。長新太」とあったという。
その日が最終日だったから会場へとんでいき、係の人にハガキを見せた。
長先生からきいていますと、ふたつ返事で絵を渡してくれたけれど、なんだかキツネにつままれたよう。
一言でもお礼を言いたくて長さんは、とたずねると、このあいだ少しの間だけおいででしたがという。
係員みたいな顔ですまして会場のすみっこで坐ってらしたという。
さては――と、そこでやっととうさんは気がついた。このあいだの人が長さんだった――と。
★冬の光/今江祥智★
■絵を「長新太さんものだ」とすぐに見破った 「梅谷さん」というのが灰谷健次郎さん。 「とうさん」が作者の今江祥智さん。
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