金泉堂が有名なのは、この店で作っている独特のフランス風洋菓子――そのなかでも、ことに、
ショートケーキ、シュークリーム(これを金泉堂では、正式に、シュー・ア・ラ・クレームとよんでいた)、
エクレールなどの、舌もとろけそうな、なんともいえないうまさのためだった。
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金泉堂の洋菓子をいくつたべたかが、子どもたちのじまんのたねになった。
子どもどうしで、なにかやくそくするとき、「もし、やくそくをやぶったら、金泉堂だよ」
というのが、流行語になった。
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「こんど、百点をとったら、金泉堂の洋菓子を買ってあげますからね」
このことばは、ほかのどんなことばよりもききめがあった。
というのは、それをきいたとたん、どんななまけものでも思わず生つばがこみあげてきて、
ねむい目をこすりこすり、机にむかう努力をしたからだ。
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「いずみがね、カゼで寝ているんだ。三日もね。ちっとも、ものをたべないんだ。
それで、金泉堂の洋菓子なら、たべるだろうと思ってね。」
「そいつは、いい考えだ」と明がいった。「あそこのシュークリームをたべれば、すぐなおっちまうさ」
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銀のぼんにのせられた、いろとりどりの洋菓子をながめているうちに、めまいのようなものがしてきて
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明は、口をできるだけおしあけて、その大きなエクレールを口の中におしこんだ。
すると、かたいようでやわらかい、やわらかいようでかたい、その皮のなかから、
かおりのよいクリームが、どっとながれこんできた。
うまかった。舌がしびれ、口じゅうがとろけそうなほど、そのエクレールは、うまかった。
★チョコレート戦争/大石真★
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