僕はこの原稿を発表する可否は勿論、発表する時や機関も君に一任したいと思っている。
君はこの原稿に出てくる大抵の人物を知っているだろう。
しかし僕は発表するとしても、インデキスをつけずに貰いたいと思っている。
僕は今最も不幸な幸福の中に暮らしている。しかし不思議にも後悔していない。
唯僕の如き悪夫、悪子、悪親を持ったものたちを如何にも気の毒に感じている。
ではさようなら。僕はこの原稿の中では少なくとも意識的には自己弁護をしなかったつもりだ。
最後に僕のこの原稿を特に君に託するのは君が恐らくは誰よりも僕を知っていると思うからだ。
(都会人と云う僕の仮面を剥ぎさえすれば)
どうかこの原稿の中に僕の阿呆さ加減を笑ってくれ給え。
昭和二年六月二十日 芥川龍之介
久米正雄君
★「或阿呆の一生」と共に久米正雄に送った手紙/芥川龍之介★
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