遠距離M女ですが、何か?
井原りり



 喪服は妄想服

肺炎で入院中の親の容態が悪い。

一時は意識不明だったが、今は輸血と点滴でなんとかぜいぜいと、息はしている。

依然として、虫の息ではある。

危険域は脱したものの、おそらく治癒して退院することはない、と思われ……。


7年前に父が死んだ時、母はずっと枕元に付き添い、葬儀屋の用意した宿泊施設からは出棺まで一歩も出なかった。


妊娠中だったわたしは、呆然としたままの母にかわって葬儀の一切を仕切り、気楽な洋装で弔いをすませた。


今度という今度はきちんと喪服を着なければ、な。

自分で帯もしめねば、な。


母親はその後何度も入退院を繰り返したが、一度、神妙な顔付きで、もしもの時は、父の弔いの時のようにばたばたと準備に駆けずり回ったりせず、片時も亡骸のそばを離れないでくれ、と言われた。

薄情で親不孝な自分であるから、最低限、この願いに背くわけにはいかない。


さて、喪服をどうやって準備したらよかろうか。

看護婦(あえて、看護婦、な)からすぐに来いという電話が来たとき、最初に思ったのはそのこと。


でもまあ、その後、容態はもちなおしたから、自宅に洗濯しに戻ったついでに準備。


実家の鍵さえあれば夫でもわかる場所に、たとう紙に包んだ喪服と小物、草履。

その近くにそれらを全部入れるデパートの大きな袋。



嫁入り支度をこしらえてくれた親のために着るのが、初めて着る時になる。


しかし、年寄りって寒い時期によく死ぬ。

絽の喪服は一生、着ないかも……。


↑エンピツ投票ボタン


2004年01月13日(火)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加