暗行記...不夜

 

 

結記39 両親の手紙 - 2007年09月22日(土)

結婚式前夜


何を想ってか机を掃除していると


かなり昔に両親が旅先から出した手紙が出てきた



父より

『お父さんと話しました。

今までに一番辛かった事は?

お父さんは、父親の死だと言いました。

仕事の事などは、何て事はない。
苦労した父を看とった時が一番辛かったと。

そういえば結婚して、始めて、お父さんの泣く姿をみました。

父親の看病を三ヶ月、病院に、つきっきりでした。

便の世話から、体をふいたりと、病院でほめられていました。

男の人でこんなに看る人はいないと。

なおると信じて一生懸命でした。

父親の頭を五回も手術するのに、立ち会ったんですから、どんなにか辛かったと思います。

そんな気持ちから職場にもどったら、居場所がありませんでした。

現実はとても厳しかった様です。

二人の子供が小さかったので、やめるのはとても勇気がいったと思います。

40才になり新しい職場、そして、家族と離れての生活は、大変だったと思いますが、勉強して資格もとりました。

“勉強なんて、中学校卒業してから始めてだなんて笑いながら”

今も一生懸命働く父から、息子として、何かを感じて下さい。

親は、何があっても子供を愛して、頑張ってしまう事を覚えていて欲しいと思います。』





お母さんより

『お父さんも、お母さんも、十五才の時から親元を離れて働き始めました。

その頃の事は、お父さんもあまり話たがりません。

親元を離れて、自分一人になる、頭でわかっていても、いざ部屋に一人になった時の気持ちは寂しい物でした。

お母さんは、ただ部屋で泣きました。

朝六時から働き、夕方からは学校に通いました。

帰りは十時、それから、かたづけをして寝る、そんな生活のくり返しです。

良く続けられたと思います。

それは学校を途中でやめてしまったら、自分には何も残らない、そんな気持ちが強かったからです。
同じ仲間もいました。

でも入学から卒業までの人は、半分になっていました。

卒業式の日、泣きました。

親も泣いていました。

四年間、自分が頑張った事が嬉しかったから。』





夜中、一人私は泣きました。


両親の苦労では無く、自分たち兄弟を笑顔で愛し続けてくれたことに。


常に父親は背中の大きな目標であり続けたことに。


常に母親は挫けた時でも後ろにいてくれる安心を与え続けたことに。



ありがとう


...



 

 

 

 

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